凍えるような寒さを覚えている。
長い、長い冬だった。いつ明けるのかもわからなかった。
何人も死んでいった。隣人が、同胞が、恋人が、家族が。そうして、飢えはひもじいと、それでもわからない馬鹿どもが大勢いた。
凍えるような寒さを覚えている。
山に阻まれ、雪などめったに降らないけれど、それでも吹きさらす寒風は体に堪えた。
体の芯まで、震えていた。抱きっぱなしの猟銃は、体温までぬくくなっていたはずだ。それでも私から温度を、際限なく奪っていった。
今日、死ぬかもしれない。
私は決して悲観的な人間ではない、故に皆思っていたことだ。明日、飢えて死ぬかもしれない。凍えて死ぬかもしれない。それでも今日まで我々は銃を掲げなかった。今日死ぬだろう、それでよかろうと思えなかった。
しかし、いよいよどうしようもなくなって、その覚悟ができてしまった。ここにいるのは皆、他ならぬ自分の意思だ。ああ、凍えるばかりのはずなのに、心臓ばかりが煩わしくなる。震えは止まりもしないのに、高揚していると、そう言うより他に、仕方がなかった。
ああ、そう。今日、死ぬのだ。死ぬだろう。
だが私が死んでも生きても、きっと今日、世界が、変わる。
世界中の人間が、この町を見る、そして知るだろう。どれほど人が強かで、また、己の手で未来を勝ち取る気概のある生き物なのかを。私の死は、決死の行動は、それを人類に証明するのだ。
深く、息を吸った。震えは幾分かマシになった。ゆっくりと吐き出した息は、当たり前のように白かった。
犬の遠吠えが聞こえた。次第に抱えた銃の輪郭が、隣人の怯えた顔が、薄ぼんやりと見えるようになってきた。
遠くでバサリと音がした。3メートルはある木の棒に、茶色く汚れた、びりびりに割かれた、旗が立つ。負ければ暴動、勝てば革命。そのくだらぬ戦に命を賭すと示した、我々の意志が翻る。
間もなく、夜明けが訪れるのだ。
【夜明け前】
9/13/2024, 1:37:14 PM