すゞめ

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『雪』

『かわいい下着が入ってた』

 ちょっと、タンマッ!?

 事件は飲み会の最中に起こるらしい。
 届いたメッセージを確認するや否や、慌てて携帯電話の画面を裏側にしてテーブルに置いた。
 メッセージの差出人は彼女である。
 師走前にもかかわらず、彼女が福袋を予約していたことを思い出した。
 年が明けて彼女のほうも仕事が始まっている。
 帰りがけに福袋を引き取りに行ったことは容易に想像がついた。
 できれば一緒に中身を確認したかったが、しかたがない。
 彼女が買った荷物を彼女のタイミングで開封することに文句を垂れるほど、器量は狭くないつもりだ。

 問題は、今、このタイミングでそのメッセージを寄越した意図である。

 俺、今日は飲み会があるって言ったよな!?

 年始早々、ドデカい誘惑をぶら下げられて帰りたくなった。
 しかし、他部署の人も交えた仕事の飲み会で、さすがに1次会の途中で抜けられるはずがない。

 不自然にならないように離席した俺は、人目のつかない場所で再びメッセージアプリを立ち上げた。

 先ほどのメッセージのほかに、数枚の画像が添付されている。
 見慣れたローテーブルの上に、見慣れない華美で布面積が心許ないランジェリーが5組並べられていた。
 ほかには靴下が3足と、黒とベージュのフェイクタイツが各1点、紺色のシンプルなルームウェアが1点。
 ずいぶん豪華なラインナップだ。
 写真が少しブレていたり、品物にフォーカスを当てすぎて背景がボヤけているから、彼女自身もご機嫌な様子が伝わってくる。

『よかったですね』

 あえて福袋の中身には触れず、当たりさわりのないメッセージを送ったら、すぐに既読がついた。

『どのパンツが好き?』

 普段は既読すらつけないクセして、こんなときばっかり爆速で返信が来る。
 しかも言葉をぼかすことすらしなくなった。
 画面越しとはいえ、逃してくれそうにない彼女からの見えない圧を感じ取る。

 どれって……。
 正直なところどれでもいい。

 彼女は職業柄、スポーツタイプのインナーウェアを着用するのが常だ。
 キラキラとしたレースや細やかな刺繍で装飾された下着を彼女が身につければ、俺の心臓は爆発するに決まっている。

『右側の白いヤツ』

 ヤケクソになって、透け感に嫌な予感がしつつも、一番布面積が大きそうな下着を選んだ。
 すると、すぐに彼女から電話がかかってくる。

「……なんですか?」
『めっちゃイラついてるじゃん』

 1コール鳴り終わる前に出ると、クスクスと彼女の楽しそうな声が溢れた。

『10時までに帰ってきてくれたら、選んでくれたヤツ着て待っててあげる』

 …………は?

 魅惑的な提案に心が揺さぶられたが、ふたつ返事で食いつくには条件が厳しすぎる。

「それ、俺が今、どこにいるかわかってて言ってます?」
『新宿でしょ?』

 そう。
 新宿から自宅まではどうがんばっても30分はかかる。
 一次会が終わるのは21時だ。
 会計、二次会参加の押し問答、解散前の意味のなさない記念撮影、どう逆算しても22時に帰宅なんてできる気がしない。

『がんばってね』

 言いたいことだけ言って、彼女は情け容赦なく通話を切った。
 以降は、俺がどれだけ着信やメッセージを残しても、うんともすんとも反応がない。

 クッッソ!?
 仮に寝てたとしても着替えさせて、心ゆくまで堪能してやるからな!?

 一次会を終えた俺は、速攻で家に向かった。

   *

 息を切らし、汗だくになりながら明かりの消えた自宅に戻った俺は、すぐに寝室に直行した。
 時刻は22時2分前。

「ウソぉ!?」

 間に合うと思っていなかったのか、彼女は目を丸くした。
 寝室の常夜灯になった明かりを主照明に切り変え、ベッドで横たわる彼女の羽毛布団を引っぺがす。
 彼女の上に跨り、パジャマの前ボタンを外していった。

「うわっ!? ねぇ、ちょっと待って……!?」

 この期に及んで往生際悪く抵抗を見せるが、ズボンのウエストゴムをずり下げたらおとなしくなった。
 約束通り、彼女は上下ともに画像で見せてもらった下着を身につけている。

 なんだ。
 間に合わなくても、待っててくれるつもりだったのか。

 ホッとした俺は、奥ゆかしく膨らむ彼女の胸に触れた。

 繊細にあしらわれた白いレースの上には、よく見ると雪の結晶が散りばめられている。
 差し色で入っている青の細いリボンの装飾が、彼女の白くて滑らかな肌をきれいに引き立てていた。

 ブラのカップやショーツのクロッチはきちんと布があてがわれているが、そのほかは目に毒なほど白く透けている。

 えっろ……。

 生唾を飲んで喉を鳴らした俺に、彼女はジリジリと後ずさった。

「あ、あのさ。さすがに無言で服を引っぺがすのはどうかと思う」

 なんとでも言え。
 身の危険を感じるには遅すぎるくらいだ。

 とはいえ、彼女を怖がらせるのは本意ではない。
 俺は、艶かしい緩やかなラインを描くウエストに指を這わせた。

 ショーツのゴムの内側に指をかけ、散る雪の結晶の刺繍に口づける。

「美しい初雪ですね?」
「ひぇっ!?」

 上ずった声を溢した彼女と目が合った。
 瑠璃色の瞳に宿ったわずかな期待を、今さら俺が見逃すはずがない。

 かわいい。
 きれい。
 好き。
 愛してる。

 思いつくままに彼女への気持ちを言葉にしながら、徐々に熱を孕んでいく彼女の皮膚に触れていった。

1/8/2026, 3:57:25 AM