てふてふ蝶々

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地区選抜優勝!次は東京でコンクール。
ここまで頑張ってきた。絶対取りたい金賞。
そのためだったら何時間でも練習する。
そう思って、実際、本当に学校が終わってから何時間も弾き続けるピアノ。
暗譜は苦手だけど、体に叩き込むように弾く。
今なら目を瞑っても弾ける曲。
東京について、すぐレンタルピアノに向かう。
1日だってピアノを触らない日は作れない。
絶対負けたくないライバルはたくさんいる。
プレッシャーに負けても体が負けないように、腱鞘炎なんて慣れっこ。本番前はいつもこうだから、仕上がった証拠。

結果は銀賞。まずまずだろう。
隣に立つ金賞のトロフィーをもつのは僕より一つ年上で、体も大きい分、手も大きい。指も長い。
金、銀、銅と並んだら、僕は背が低いし手も小さい。
なのに銀。
ここまで勝ち抜くのに何人、僕より大きな子供がいただろうか。
この、スポットライトを浴びながら撮られた写真はネットや冊子に載るはずだ。
眩しいほどの照明の前の観客席は真っ暗でお母さんの顔は見えないけれど、喜んでくれていると思う。

控室に戻ってお母さんに会うと、期待通りにお母さんは涙を流して喜んでくれた。
高いレッスン代。交通費。兄弟そっちのけで僕の練習に付き合ってくれるお母さん。
一緒に頑張ってきたね。ありがとうと、いただいた銀賞の賞状を渡す。
僕はスーツを脱いで、私服になる。
途端に普通の中学生。

ホテルに着くとお母さんは「次は合唱コンクールね」と言う。僕の通う中学には合唱コンクールがあって、クラス賞の他、指揮者賞、伴奏者賞がある。

去年、同じクラスだった彼女がコンクールさえ出た事ないのに僕ではなく彼女が伴奏者に選ばれた事をお母さんは根に持っているらしい。
僕は他のコンクールに力を入れていたから気にもしていないけれど、目の上のたんこぶではある。
合唱コンクールまでまだ何ヶ月もあるし、その間にコンクール入れなければ大丈夫。

僕はコンクールに出るつもりで、たかだか学校の合唱コンクールの伴奏曲の練習をしてレッスンも受けた。
もちろんちゃんと腱鞘炎になって、準備は万端。

今年一組の彼女が最初に出場した。
クラスはまとまりのある歌声。指揮者は退場の時慌てたのは減点かな。
彼女の演奏は指揮者の指示通り、楽譜通り。
減点も加点もない演奏。

僕は4組。4番目の演奏だった。
僕には必要ないくらい見飽きた楽譜と一緒にピアノの前でお辞儀をし、指揮に合わせて鍵盤を押した。
歌声が乗らない。指揮者が不安そうだ。
サビにかかる時、ここだ!のタイミングでアレンジを加える。バッチリ決まり、僕のアレンジからみんなの歌声はボリュームを上げた。
曲終わりがけに僕の写真を撮ろうと近づいたカメラマンが楽譜を鍵盤の上に落とした。
僕の指はもうそんな事すら気にならず、ブレずに鍵盤を押し続けた。
弾き終わり、僕は優勝を確信した。
他の組の演出中、ブルッと震えた携帯を確認するとお母さんから「やっぱりあのアレンジ良かったよ」と。
アレンジはお母さんの演出で、確かにピアノが活きる演出。「ありがとう」と素早く返事を返して、他のクラスの演出を見る。
どのクラスも僕よりいい演出をする伴奏者はいなかった。

表彰の時、僕のクラスは呼ばれる事はなかった。
彼女のクラスは、クラス賞と伴奏者賞を勝ち取った。

納得がいかなくて審査員の先生達に理由を聞きに行った。

先生達は口々に言った。
「君1人の演奏ならピカイチだったよ。」
「君のアレンジを楽しく聞かせて貰ったよ」

音楽の教師だけが採点の内容を教えてくれた。

「技術は一位と差はないほど、君は上手だよ。だけど、コレは合唱コンクールであって、彼女は目立たず指揮者に合わせて自分の技術の見せ場すら抑えた演奏をしたんだよ。伴奏は、歌がなければ成り立たないと理解した弾き方だった。君は指揮者も押さえ込んで自分のコンクールにした。それは伴奏者の仕事じゃないんだよ。君はクラスの練習に参加していましたか?」

何も言えなかった。
あの華々しい脚光を浴びた僕はただの学校の合唱コンクールでは、なんの役にもたたなかった。

クラスに戻るとみんなから「伴奏者賞くらいは貰えると思ったのになぁ」と聞こえよがしに言われる。
僕だって、一生懸命がんばったのに。


優越感と劣等感

7/13/2023, 1:41:12 PM