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「友だちの思い出」

びっくりした。いつもは逃げるばかりなのに急にすり寄ってくるから。寒くて雨に濡れていて震えていた。思わず抱き上げた。服が濡れるのなんてどうでもいい。この子は今、私を求めてる。

何にもできないよ?家に連れて帰っても捨てて来いと言われるだけだ。どこに行けばいい?浮かんだのはいつも行く駄菓子屋。店先で雨宿りさせてもらった。

「あら、由紀ちゃん。今帰り?」
「雨宿りさせてください」
「どうぞ。その子は?」
「急にすり寄ってきて、どうしていいのかをわからなくて」

おばさんはタオルを出してくれた。体を拭いてあげると「にゃー」と声を出した。牛乳を出してくれた。びちゃびちゃと音を立てて飲んでいる。かわいいなぁ。

「ここにいていいよ」

はっと顔を上げた。

「お母さんはだめっていうよね。いいよ。うちには他にも猫いるから」

「ありがとう!」

その日から学校帰りに駄菓子屋に寄るのが日課になった。おばさんがチャイと名付けたその子は、店の片隅に置かれた座布団の上でおとなしくしているが、私が行くとそばに来る。話しかけると「にゃー」と答えてくれる。

誰にも言えないこともこの子には言えた。私のいろいろを聞いてくれた。高校を卒業する頃にはもうおばあちゃんになってた。私が行っても顔を上げて小さく「にゃー」と言うだけだ。

お正月に帰省した時、駄菓子屋にはおばさんしかいなかった。猫は最期の姿を見せないそうだ。

あれからもう何年も経った。私のいろいろを聞いてくれた友だち。ある日、偶然入った喫茶店でメニューにチャイがあった。運ばれてきたカップの中を見てはじめて、名前の由来がわかった。チャイの毛と同じ色。

その日あったことを話しかける。「にゃー」と答えてくれたような。気のせいかな。でも元気出た。

7/7/2024, 6:01:31 AM