-ゆずぽんず-

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息が上がり、汗が首筋を伝う。額から流れ顎へと溜まった雫は重力に従って床へ落ち、足を滑らせる。ベンチに敷いたタオルはすでに多量の汗を含んで重く濡れ、来ている服もグローブもまた水気を帯びている。履いているシューズの中では、靴下もインソールも溢れ出て、伝い降りてきた汗を吸い混み続けている。

分割法を用いるようになって、早6年を迎えただろうか。時に多忙が故に追い込むことはおろかこの重みを感じることも出来なかった時間がある。しかし三分割や四分割でのメニューを立ててからは、一回あたりの向き合う時間、追い込む時間がより濃密になったように感じる。全集中で追い込まれパンプしてくる筋肉もまた、その事実をダイレクトに伝えてくれる。
ワークアウト1時間前にプロテインを飲み、気持ちを高めるために動画投稿サイトにてこの日行う部位のトレ動画を漁る。視聴するチャンネルは、登録しているものから選ぶ。その日その時の気分次第で決まるが、どのような追い込み方をするのか、どのように終えるのかをイメージする。そのイメージに沿って視聴チャンネルを決める。つまり、クリエイターにはそれぞれの個性やトレーニング方法がある。考え方も違えばセットの組み方も違う。自分の行いたいものにマッチする動画を見ることで、アドレナリンを放出させるのだ。ある程度気分が高まってくれば、作っておいたワークアウトドリンクを少量ずつ摂取しながら、しっかりと動的ストレッチを行う。筋肉の繊維と会話をするようにストレッチをすることで、更なる意識向上を図る。

ストレッチを終えれば、メニューの作成だ。レイズ系やプレス系など同じ部位でも様々な種目が存在する。私はフリーウェイトでは、全部位では概ね五十程の種目から都度メニューを決めている。さて、今日は胸と背中、肩と腹の日だ。胸はBP、DIP、DDP、DF、PO を各6セット。背中はDL、HDL、SLDL、DDL、BOL(H/L)、SS を各6セット。肩については本日はレイズ系種目メインの為、FR、SR、RRの他にプル系種目としてFPを加えて、各6セット。腹はLR、MC、クランチ、プランク、SB を各6セット行う。ワークアウトの予定時間としては、2時間が目安だろうか。ワークアウトドリンクはリッターシェイカー2本を用意してある。

滾る気持ちも、疲労が溜まっていくにつれて挫けそうになってくる。脚トレに比べればこんなものまるで気にしない程度のものでしかないが、辛いものは辛い。血管運動性鼻炎の私にとって、ワークアウトの時間が長ければ長いほど、運動量が多ければ多いほど鼻をかむ回数も増える。否応なしに鼻水がとめどなく溢れてくるからだ。何度かんでも鼻がつまり息が苦しくなる。そのストレスで集中力も傾き始めるのだが、これも私にとっては毎度の試練である。多いときで一度のワークアウトで五十回ほど鼻をかむのだが、時に血が滲む。摂取するドリンクが鼻水で放出されているのではないかとさえ思えてくる。しかし、気持ちが折れた瞬間に集中力はどこかへ飛び去っていってしまう。必死に自分を鼓舞して、今という時間、この苦痛という喜びにしがみつくのだ。この厳しく苦しい時間を乗り越えた先に、自己満足というゴールデンタイムが待っているのだから。
私はワークアウトの前後で、摂取するプロテインのメーカーやフレーバーを変えている。ワークアウト前はなるべくあっさりしたフレーバーで溶けやすいものを選び、ワークアウト後は溶けずらいものでもなるべく甘く美味しく満たされるものを選んでいる。理由は簡単だ、ブレンダーに水を注ぎプロテインやバナナ、ブルーベリーや卵、サプリメントを投入しスイッチを押すからだ。どんなに溶けずらいプロテインでもドロドロのシェイクになってくれる。このシェイクは容量としては最終的に700ml程になる。これを一気に飲み干すのだ。この時が生きていて一番の満足感を得られる。苦しくとも、どんなに辛くとも鞭打って頑張って頑張って耐え忍んだ後に、最高の褒美が待っている。それが、私にとってこれほどに素晴らしい幸福感をもたらしてくれるのだ。アイスやスイーツスラも敵わぬ至極で至高の瞬間だ、この瞬間なくしては生きていくことは出来ないだろう。

さて、ここまでワークアウトやその後のプロテインという褒美の話をしたが、実はもうひとつ褒美があるのだ。それは、「筋肉痛」という普通であれば苦痛や不快と感じるものだ。私にとっては何よりもの褒美でしかない、それは追い込んだ証だからだ。ただ追い込んだからという訳では無い。普段から追い込んでいるにもかかわらず、更にしさ新たな刺激を与えられたのだという結果を知ることができる方法だからだ。だからこそ、褒美と言える。鼻水にストレスを覚え、疲弊しながら耐えた先に甘い褒美がある。そして、ワークアウトが無駄ではなかったのだという事実を痛みを伴って認識できる。もちろん、酷い筋肉痛になってしまった時は褒美でもなんでもない。なぜならワークアウトが出来なくなってしまうからだ。しかし、基本的にはワークアウトを朝行えば、昼過ぎから夕方には筋肉痛がやってくる。それも、一日二日で去っていくのだから素晴らしいものだ。


一般的に、トレーニーはドMと言われる。これは適当であるとも、間違いであるとも言える。なぜなら、自分自身で嫌という程追い込むという鬼畜の所業を強行する頭のおかしい気概。そして、苦しみを気持ちいいとさえ感じる精神。これはトレーニーやアスリートなど当事者にしか分からない部分かもしれないが、つまり言い得て妙といえる表現はずばり「変態」だろう。これこそ、最高の褒め言葉であり自身を誇り自信をつける究極のワードだ。


簡潔に言おう。ワークアウトとはトレーニーにとって至福の時間であり、そのフィールドはまさに地獄と天国の両極端にある場所だ。そして、感じる苦痛も痛みも全てが幸せになるためのエッセンスであり、スパイスである。つまるところ、楽園のようなものだ。

5/1/2023, 10:11:47 AM