百合です。ご注意ください。
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【やさしい雨音】
学校から帰ろうとしたら、豪雨だった。傘があってもずぶ濡れになること間違いなしの、まさにバケツをひっくり返したみたいな雨だ。
折りたたみ傘しか手元にない私は途方に暮れて、弱まるのを少し待つことにした。靴箱に寄りかかるように立って、外を眺める。
「あれ? まだ帰ってなかったんだ」
後ろから来た手芸部の先輩に声を掛けられた。
「折りたたみしか持ってなくて。風に負けちゃいそうなんですよね」
「そっかー。私もこの中を外に出るのはちょっと嫌だなぁ」
ビカッと空が光り、ゴロゴロ、ドーンとすごい音がした。
「うわ、雷」
「びっくりしたあ。割と近そうだったね」
雨はなかなか止まなくて、むしろ酷くなっていく。
「家の人、電話したら迎えに来てくれたりしないの?」
「無理だと思います……」
「そっかぁ」
「先輩は? 迎え、頼まないんですか」
「うち、両親共働きだし、この時間は誰も帰ってないかな」
「そうなんですね」
こんな時だというのに、先輩の些細な個人情報を知れたことが嬉しくなる。
「あの……先輩の、今編んでいるマフラーって」
「ん? 何? ああ、部活のやつ?」
雨はまだすごい音で降っていて、自然とお互いの距離が近くなる。
「はい、あの白いマフラーです」
どきどきしながら、思いきって尋ねた。
「誰かへの、プレゼント……ですか?」
「特にそういう予定はないなー。学園祭で売り物にしようかと」
「え。もったいない!」
思わず大きな声が出てしまって、赤くなった。
「あ……いえ、すみません……」
「いや、ほら。私編み物が趣味だからさ」
それは知っています。
「マフラーなんてもういくつも編んでるし」
それも知っています。
「バザーでもなんでも、使ってくれる人の手に渡るならいいかなーって」
「あの」
図々しい願いだとわかっている。けど。
「誰でもいいなら、私にくれませんか!?」
心臓が口から飛び出しそうだった。先輩の中性的な整った顔が間近にある。睫毛長いな、肌が綺麗だなぁ……
「もらってくれるの?」
先輩が嬉しそうに笑った。ああ、好きだ。そう思う。伝える勇気はないけれど。
「助かるよー。家族には『これ以上増やすな』とか『もう要らない』とか言われちゃってて」
「完成したらプレゼントするね」
こんなに近くで先輩の笑顔が見られて。プレゼントの約束までしてもらえるなんて。
荒天が齎した予想外の幸運に、うるさいくらいの豪雨が、なんだかとてもやさしい雨音のように思えた。
5/25/2025, 12:39:05 PM