くまる

Open App

とある日のムガルズム魔法学校。

「君が最高記録保持者?」
「は?」

図書館の椅子で、熱心に本を読んでいたユウヒは顔を上げる。そこに男が立っていた。マントを羽織っている彼の靴先は、ユウヒのそれと同じ色をしている。ユウヒよりも歳上に見える彼は、どうやら同級生らしい。

「この図書館の蔵書読破数の最高記録保持者、ユウヒ君だろ?」
「……あんたは?」
「俺はニシ。隣に座っても?」

ユウヒは自分が掛けている椅子と机を挟んで向かい側の椅子を蹴る。そこに座れの意思表示だ。ニシは、くすりと笑って、蹴られた椅子を引き、そこに座る。

「何、読んでるの?」
「お前には関係ない。」
「今、時間ある?」
「無い。」

ユウヒは、本に視線を落としたまま、ぶっきらぼうに答える。ただ、ページを捲る手が止まっているのに、ニシは気付いていた。どうやら意識は、こっちに向けてくれている。

「あのさ、俺、マント魔法が好きなんだけど。」
「へぇ。」
「おすすめの魔導書無いかな?」

ユウヒは、本に目線を落としたまま、懐から杖を取り出すと、ボソボソと何かを呟く。所々聞こえたそれが移動魔法な事に気が付いたニシは、同時に背後から何かが迫っている気配に気付き、急いでマントのフードを羽織った。次の瞬間、椅子の上にはマントだけが残り、その上を分厚い本が飛んでいく。机の上で速度を落としたそれは、バサリと机に置かれた。ユウヒが顔を上げる。

「危ないなぁ。」

図書館の入口でそれを見ていたニシは、再び席へと戻ると、マントを羽織り直す。その様子を見ていたユウヒは口角を上げた。

「へぇ。」
「言ったろ?マント魔法は得意なんだ。」
「それ。」

ユウヒの持っている杖でつつかれた、机の上の本。手に取ったニシが表紙を読み上げる。

「近代魔法の礎、基本とその応用。」
「それの427ページ。」

今度は、ニシが懐から杖を取り出し、祝詞を唱え、本に魔法をかける。パラパラと自動で捲り始めたページは、427の数字で止まった。杖を仕舞い、真剣な顔で本を読み始めたニシを見遣り、ユウヒもまた読書へ戻る。まぁ、悪い奴じゃなさそうだ。暫く読み進めていると、パチンっと音がして、図書館の電気が灯る。

「あんた達。もう締めるから、さぁ、立った立った!」

この図書館の司書も務める年配の女教師が、二人の元へとやってくる。

「先生、この本、借りたいんですけど。」
「いいわよ。こっちのカウンターで記録帳に記入して。」

カウンターに向かう教師とニシを見ながら、ユウヒは読んでいた本に杖をかざし、祝詞を口にして、元の棚へと移動させる。そのまま椅子から立ち上がると、カウンターに向かっていたニシが振り向いた。

「ユウヒ!ありがとう。こんな本があるなんて知らなかった!また聞きに来てもいいか?」
「……勝手にすれば。」

そう口にしたユウヒの頬が、ほんのり赤くなったのを、ニシは見逃さなかった。どうやら許可は貰えたらしい。

「……もう行く。」
「うん。本当にありがとう。バイバイ。」
「あー、うん。バイバイ。」

そう言うと、ユウヒは恥ずかしそうにマントを羽織り、そのまま消えた。瞬間移動の魔法でも使ったんだろう。ニシは満足そうに、本を抱え直して、カウンターを目指す。

「何なんだ、あいつ。」
『ユウヒ、おかえり。』
「ソワレ。ただいま。」

その頃、寮の自室へと飛んだユウヒは、駆け寄ってきた彼の使い魔のハツカネズミ、ソワレを肩に載せる。

『ユウヒ、何かいい事あったの?』
「はぁ?何も無ぇよ。」
『そう?』
「そう!あんな奴の事、何とも思ってねぇから!」

顔を赤らめたまま、ユウヒは洗面所へ向かう。手を洗って、うがいをして、キッチンでお茶を淹れる。

「……また来んのかな?」

ユウヒは、飛び級で、この学校に入学した。だから、周りは歳上ばかりで、図書館に篭もりっぱなしのユウヒに、話しかけてくる奴なんて、そうそう居ない。それだって、単にバカにしたい奴や、自分の方が上だと言いたい奴らばっかりだ。教えを乞う奴なんて初めてだった。

『いい友達が出来そう?』
「そんなんじゃ無ぇし。」

ユウヒは、また顔を赤らめる。その口角が自然と上がってしまうのを、ユウヒはちゃんと自覚していた。


2/27/2025, 1:03:09 AM