164.『sweet memories』『恋物語』『別れ』
「百合子は先に行ってて」
友人の沙都子の家に遊びに行くと、先に部屋に行くよう促された。
急な用事が出来たとかで、少しの間外出しないといけないらしい。
買ったばかりのゲームを一緒に遊ぶ予定だったが、残念ながらもう少し先になりそうだ……
けれど私は怒りはしなかった。
むしろ逆にウキウキし始めた。
だってそうでしょう?
主不在の部屋。
じゃあ、やることは一つしかない。
「ガサ入れを開始します」
沙都子とて年頃の女の子。
ヤバめの物を一つや二つ隠し持っていても不思議ではない。
そして『異性? 興味ありませんよ』という女に限って、とんでもないモノを隠し持っているのだ。
隅から隅まで探して、沙都子のお宝を見つけてやろうじゃないか!
「最初は定番のベッドの下!
まあ、さすがに定番すぎてこんなところに……
あったわ」
定番すぎて逆にないかな、とか思っていたら普通に出て来た。
若干肩透かしを食らいつつも、『ソレ』を引き出す。
「なんだこれ」
それはノートだった。
表紙には『sweet memories』と可愛らしい文字で書いてある。
それを見て、私は顔がニヤけるのを我慢できなかった。
だってそうでしょ?
こういう物の中身は、たいてい嬉し恥ずかし恋物語。
それを読めば、沙都子が弱みを握れる事間違いなし。
沙都子にはいつも揶揄われている。
これを読めば、きっとやり返せるはずだ。
私はウキウキしながらノートを開いた。
☆ ☆ ☆ ☆
〇月✕日
コンビニで変なやつと会った。
百合子という名前らしい。
特に接点もないのに、突然話しかけられ親友認定された。
ウザいので、遠回しに迷惑だという事を伝えたのだが、全く気付かれなかった。
仕方がないのでハッキリと迷惑と伝えたのだが、まったく意に介さない。
傍若無人で我儘で、同じ人間とは思えなかった。
キリがないので適当な用事を作って逃げた。
流石に向こうもこれ以上付き纏うような事はしなかった。
ホッとすると同時に、滅茶苦茶疲れた。
二度と関わりたくない。
☆ ☆ ☆ ☆
恋物語だと思ったら、どうやらただの日記帳らしい。
正直がっかりである。
それにしても、沙都子は私のことをなんだと思っているのか。
まるで不審者ではないか。
目の前に可愛い子が現れたら、声をかけなきゃ失礼だろうに。
訂正を要求するね。
☆
◯月△日
あれから五度目の遭遇。
よく会うが、もしかしてこの辺りに住んでいるのか?
よくよく考えれば、コンビニで会った時点で近所に住んでいることは明白だ。
次からは違うコンビニを利用しよう。
○月◇日
六度目。
また会った。
おかしい。
念のため、駅一つ離れたコンビニを利用したのに、普通にいた。
コンビニの妖精かなんかか?
そして中身の無い長話に付き合わされる。
しばらくコンビニを利用しないことにしよう。
〇月▽日
親に連れられたデパートで遭遇。
コンビニに住んでいるはずじゃなかったのか。
そして何を勘違いしたのか、親が『遊んでらっしゃい』と私にお小遣いを渡してどこかに行ってしまった。
そしてコイツと二人きり。
どうしてこうなった。
そして百合子は、私の手を引っ張ってデパートのゲームコーナーに連れてきた。
ゲームは初めてだったので、すぐやられた。
まあ、楽しかった。
〇月×日
家の前で遭遇、神出鬼没過ぎる。
さすがに誤魔化した。
家バレすると、毎日でも遊びに来そうな予感があったからだ。
そして百合子はアホだったので簡単に騙せた。
それからまた同じ中身の無い長話。
でも以前とは違うことが一つだけあった。
百合子の話している内容が、少しだけ分かるようになったのだ。
相変わらず九割以上は分からないのだが、どうやらゲームの話らしい。
やっぱり中身はないと思うけれど……
そういえば、デパートでのゲームは楽しかった。
次に会ったら、ゲームのことについて聞いてみようかな。
☆ ☆ ☆ ☆
あー、このことは覚えてる。
豪邸の前に沙都子がいてびっくりしたんだよね。
ちなみに沙都子は騙しきれたと思っているけど、私は騙されてないからね。
なんか知られたくなさそうだから話を合わせただけ。
ああ、私ってなんて気遣いのできる女。
もっと感謝していいのに。
そうそう、このくらいから沙都子がゲームに興味を持ち始めたんだよね。
そのおかげで、裕福な沙都子が買ったゲームを貸してもらったりしてお小遣いが浮いた。
昔の私、グッジョブ!
って、思い出に浸っている時間は無かったんだ。
このまま読むのも面白いけど、沙都子がいつ帰って来るか分からない。
早く沙都子の弱みを握らないと!
私はページを一気に飛ばし、日記帳の最後の辺りを開いた。
☆ ☆ ☆ ☆
×月×日
今日、百合子が死んだ。
交通事故だ。
私が先に行っててと横断歩道を渡らせたばかりに、車に轢かれてしまった
別れは突然と言うけれど、本当に突然だった。
百合子はウザい奴だったけど、別に私は嫌いではなかった。
私はずっと否定していたけど、百合子と私は間違いなく親友だった。
百合子と出逢った事で、私の人生は色鮮やかに輝き始めたのだ。
でも親友の百合子はもういない。
私の世界は、再びつまらないものになってしまった。
心の中にぽっかりと穴が空いたかのよう。
こんな事になるなら、初めから出逢わなければよかった。
そうすれば、こんなにつらい思いをせずに済んだのに……
日記を書くことを止めようと思う。
どうしても百合子のことを思い出してしまうから。
バイバイ、百合子。
☆ ☆ ☆ ☆
私は愕然とした。
沙都子は日記に何を書いているのだろうか?
だって私はここにいる。
『死んだ』なんて、質の悪い冗談だ!
こうなっては弱みを握るとかどうでもいい。
きちんと抗議して、私の心は深く傷ついたことを知らしめないと!
そんな事を思っていると、背後でドアが開く音がした。
「ちょっと沙都子!
これは酷いよ」
振り返りざま、沙都子に向かって抗議する。
それに対して沙都子は――
「……」
何も反応はなかった。
私なんて見えてないかの様に、部屋に入って来る沙都子。
その様子に、私は言いようのない恐怖を感じた。
もしかして私、本当に死んでいる?
まさか!
頭に浮かんできた疑念を振り払うように頬を叩き、私は沙都子に向かって手を振った。
「ねえ見て沙都子。
可愛い可愛い百合子ちゃんですよー。
メイクをバッチリ決めてきたから、感想欲しいナ、なーんて……
ねえ、沙都子、沙都子さーん」
自分の声が上ずっているのが分かる。
必死に自分の存在をアピールするが、沙都子は無反応。
そしてそのまま、私に目線を向けることなく、私の横を通りすぎた。
まさか、私は本当に死んでしまったのか?
いくら意地悪な沙都子でも、私を無視するほど性悪ではない。
つまり、それが意味することは……
あまりの衝撃にノートが手から離れ、パサッと音を立てて床に落ちた。
「あら、こんな所にあったのね」
しゃがんでノートを拾い上げる沙都子。
何かを必死にこらえるかのような表情が、余りにも痛々しかった。
私なんて見向きもせず、沙都子は机の前に座る。
椅子に腰かけ、ポンとノートを机の上に置く。
それをじっと見つめていたかと思うと、沙都子は突然顔を手で覆った。
「どうして、どうして!」
沙都子の慟哭が部屋に響き渡る。
こちらまで辛くなるような、痛々しい叫び。
私は息をする事すら忘れ、その場に立ち尽くす。
(もうここにはいられない)
これ以上、こんな沙都子を見ていたくなかった。
だから私は、この場から去ることを決めた。
「バイバイ、沙都子」
そして、私は振り返ることなく、静かに部屋を後にして――
「どうして、こんな単純なイタズラに引っ掛かるのよ!」
驚いて振り向くと、沙都子は腹を抱えて笑っていた。
よっぽどおかしいのか、涙まで流している。
そしてその潤んだ目で、私の顔をまっすぐ見た。
「ふふふふ、百合子ってば、本当に揶揄い甲斐があるわ。
私がいなかったら、絶対に部屋を漁ると思ったもの」
どうやら私は、ずっと沙都子の手のひらの上で踊らされていたらしい。
まさか弱みを握ろうとして、逆に嵌められるとは!
私がアホなのか、沙都子がやり手なのか……
後者だと思いたい。
「だいたい、よく自分が死んだなんて思えるわよね。
死んでも死なないくせに」
「さすがに死んだら死ぬよ!」
「嘘おっしゃい。
この前トラックに轢かれて無傷だったくせに」
「ね、捻挫はしたし……
それよりも、イタズラとはいえ私を死んだことにしないでよ。
不謹慎だよ!」
「ふふふ、ごめんなさい、謝るわ。
許してね、可愛い可愛い百合子さん」
「それは聞こえなかったことにして!」
どうやら私の方がアホだったらしい。
逆に弱みを握られてしまった。
多分、一週間くらいは揶揄われると思う。
「あ、そうだ!
私のこと、親友って書いてたよね。
あれは信じていいの?」
「あれも嘘よ。
親友だなんて、そんなわけないじゃない」
「じゃあ、私は沙都子の何なのさ!?」
私がそう聞くと、沙都子はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「アナタは私のオモチャ。
だから勝手に死んで、許可なく私の前からいなくならないこと!
いいわね!」
5/26/2026, 10:34:50 AM