紅子

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『子猫』



「猫飼いたーい!」

大型ホームセンターのペットコーナーで、子猫を指さして息子が言った。


「だーめ。」


「なんで?なんでダメなの!?」


「和弥、世話出来ないだろ?」


「出来るもん!」


「絶対出来なくなってパパやママが世話する事になるだろ。トカゲの時もそうだった。」


昨年、近所で見つけたトカゲを暫くケースに入れて飼っていた息子。

最初のうちは物珍しくお世話をしようと触っていたものの、結局は親の俺達が餌になりそうなクモを取って食べさせようと試みていた。

もう逃がすぞと言うと友達と一緒に飼ってるのだからダメだと怒り、餌を食べなかったトカゲは命を落とした。


『命を預かるって事は責任を伴うんだぞ。』


大泣きする息子にそんな事を言ったが、小1だった彼にどれだけの事が理解出来たか分からない。



「パパも猫ちゃん好きでしょ?」


ペットコーナーから離れながら、息子が聞いてくる。


「好きだけど…。」


確かに俺も子供の頃から猫が好きだった。


母親に息子と同じように「猫飼いたい!」と言った事もある。


当時、俺は小学2年生。


母は俺がまだ物心が付かない時に離婚してシングルマザーになっていた。

俺と母はそんな訳で母の実家に暮らし、フルタイムで働く母と祖父母と住んでいた。


『お祖母ちゃん、猫の目が怖いから苦手なんだって。だからダメ。』


『自分でお世話出来る大人になったら飼いなさい。』


猫を飼いたいと言う度に、そんな事を言われて断られていた。


一度、俺が息子にさっき言ったように、母から


『どーせ途中でお母さんが世話することになるでしょ?』

と言われた事がある。


その時、『いいじゃん!』と何も考えず、返事したら『お母さんは出来ないの!命を預かる事には責任が伴うの!』と今まで猫を飼いたいという訴えに対して諭すように言うだけで、強く怒った事のなかった母が珍しく怒った。


何を言ってるのか、子供心によく分からなかったが、それ以降母に猫を飼いたいと訴えることはなんとなくやめた。




あれから30年以上経って、子どもを持つ親になった今なら分かる。


『命を預かる事は責任を伴う』


ただご飯を食べさせればいいだけの話ではない。


一緒に遊ぶ、出来るように教える。


一緒に悲しみ、泣き、笑い。


時には叱り、そっと見守る。


彼が成人するまでは…と思う。



母もきっと同じ気持ちだったのだろう。



俺が小1冬、2週間程母が入院したことがある。


『ガンっていう悪いものが出来たから、こっちのおっぱい取ってきたんだよ。』

と、退院後お風呂に一緒に入った時に母が話してくれた。



その後、それまでと何も変わらず、数十年と歳を重ねた今も元気に過ごしている母。


当時の母の気持ちを想像すると、いつ再発するかという恐怖、いつまで元気で子どもを育てられるかという不安、いつまで子どもの成長を見守れるのだろうという悲しみ…色んな事を考え、感じていたのだと思う。



母に『お母さんが面倒みればいいじゃん!』的に言った時に酷く怒ったのもなんとなく今なら想像が出来る。

猫の寿命を考えた時に自分が生きていられるか分からないと思ったのと、病気になってしまって小学校低学年の俺を成人まで育てられないかもしれないと自分を責めての発言だったのかもしれないと…。



「猫は飼えないけど、お祖母ちゃんの家の近くに保護猫カフェがあったな…行ってみるか?」


「猫ちゃんに触れるの!?行きたい!行く!!」


さっきまで猫が飼えないことにしょんぼりしていた息子の目が輝き出す。




「よし、じゃあ今度の休みに行こう!お祖母ちゃんにも会ってこよう。」


「うん!」



テンションが高まった息子が俺の腕を両腕でグイッと掴んでくる。



いつまでこんなしてくれるかなぁ…。



願わくば健康で元気に彼が大人になるまで見守りたい。


そんな事を思いながら、息子と手を繋いでホームセンターを後にした。




11/16/2023, 3:06:13 AM