「変わらないもの ね。」
諸行無常の世にそんなものがあると言うのだろうか。何て哲学めいたことを考えてみるけれど答えは浮かばない。きっと真面目に考えても答えの分からないタイプの質問。
ない。と答えてしまうことが,一番端的で単純な真実。それでもあえて回答を見つけ出すのだとすれば······。
「桜,見に行こうか」
出口のない迷宮を飽きず巡回する思考を浮上させたのはそんな言葉。顔を上げればそこに微笑む君の姿。
脈絡もない会話の始まり。目を瞬かせて見つめてみたけれど真剣な視線が返ってくるだけ。
「桜狩にはまだ早いと思うけれど。雪降ってるし」
聖夜の翌日。年明け前の忙しない空気に満ちた何でもない日。狂い咲きを望むにしてもいささか不似合いな気温。
部屋の中から窓越しに眺める景色は見るからに寒々しい。すっかり色褪せた落ち葉が風に流され舞い踊っていた。
「大丈夫。行こう」
絡ませるようにして繋がれた暖かな手に引かれて,快適な部屋を抜け出し二人夕暮れの公園へと繰り出す。
冴ゆる月に見下ろされ,うっすらと白化粧を施された木々が眠る空間。誰もいない。何にも侵されない。まるでこの世に二人きり取り残されたかのような そんな静寂。
「······不香の花」
呆然と立ち尽くした先に見えるのは樹氷。枯れ木に降り積もった雪がまるで咲き誇る桜のよう。
白銀の世界の中降り注ぐ六花と純白の夢見草。凜とした冷たさとどこか懐かしい安らぎを纏った透明な香り。
「浮き世に何が久しかるらん。だからこそ愛しく尊い。難しく考えることはないんじゃない?」
散ればこそ 満開の桜は確かに美しいけれど,変わらないのどけさは少し退屈だろう。少なくとも今日の景色には出会えていない。そんな風に君ははにかむ。
「······ありがとう」
そんな言葉しか返せなかった僕に君はまた笑みを浮かべる。粉砂糖のような甘やかな笑み。
例えこの世界で不変なものがないのだとしても,その笑顔を守れたらとそう願ってしまうことは罪なのだろうか。せめてその願いは変わらないでほしいとそう思った。
テーマ : «変わらないものはない»
12/26/2022, 5:17:03 PM