永坂暖日

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突然の別れ

 朝の八時、時計代わりに点けているテレビの番組が変わる。今日のトップニュースは何だろうと聞くともなしに聞きながら、朝食の後片付けをして家を出る準備に取り掛かる。
「志摩さん、おはようございます」
 聞き馴染みのないキャスターの声に、へ、と間抜けな声をこぼしていた。シマ、なんて名前の出演者はいないはずだ。というか、自分の名前と同じではないか。
 バッグに入れようとしたスマホを手に握ったまま、テレビに顔を向ける。
 知らない顔が、画面の中で微笑んでいた。代役だろうか。こんなアナウンサーもしくは芸能人、いたっけ。
 どこの国の人かよく分からず、外見と服装だけでは性別もよく分からない。布をたっぷりと使ってゆったりとした服は民族衣装のように見えるが、見たことがないものだ。
「いきなりで驚いていると思います。でも、こういうことはいつでも突然。行ってきますと同時に、その世界にさよならを」
 画面の中の知らない人は、まるでこちらに語りかけるようににこりと笑った。直後、画面が真っ暗になる。スマホが足下に音を立てて落ちる。
 リモコンの電源ボタンを何度押しても、テレビは点かなかった。壊れたのだろうか。きっと壊れたのだ。とりあえず、今は仕事に行かなければ。落としたスマホを拾ってバッグにつっこみ、バタバタと音を立てて短い廊下を急ぐ。パンプスに爪先を突っ込み、ドアを気持ちいつもより勢いよく開けた。
「志摩さん、おはようございます」
 ドアの向こうは、アパートの無機質な廊下のはずだった。けれどそこにいたのは、さっきテレビの中にいた人で、その向こうに広がるのは、うっすらと青く、どこまでも広がっていそうな砂浜――いや、砂漠?――だった。
「へ?」
 再び間抜けな声を漏らしていた。気が付けば、握っていたはずのドアノブが消え、足下は淡い青色の砂になっていて、振り返っても、そこに狭苦しい玄関はなかった。
「ようこそ、私達の世界へ」
「へ?」
「さあ、一緒に世界を救いましょう」
 満面の笑みには、有無を言わさぬ力があった。
「へ、へえ?」
 何がなんだか全く分からないまま、青い砂漠に一歩目の足跡を付けていた。

5/19/2023, 2:28:20 PM