私には双子の兄が居ましたが、この兄は、大層愚かな兄でした。
学生の頃から飲酒と喫煙を繰り返し、教師から目を付けられる。近所からの評判も悪く、姿形が瓜二つの私も、外を歩けば白い目で見られる日々でした。
兄のせいで私はかなりの迷惑を被っていた訳ですが、私は兄のことを愚かだとは思えど、嫌いだとは思わないのです。
思い返せば、兄は幼少期から私に優しかった。
私が母に叱られ、押し入れで声を押し殺して泣いていた時にも、兄はそっと近所の駄菓子で売られている駄菓子を、押し入れのふすまの隙間から差し込んでくれました。
きっと兄のことなので、その駄菓子は買った物ではなく、盗んだ物だろうと子供ながらに察していました。
当時は私達は、小遣いをほとんど持ち合わせていなかったからです。
母は普段から厳しい人でしたが、特に、金に関してはうるさかったのです。
その厳しさは、兄のせいで増していましたから、兄が弟のために僅かな自分の金を使って駄菓子を買うということは、考えにくいことでした。
しばらくして、私達は二人きりになりました。母が死んだからです。父は、随分昔に家を出ていってしまっていました。
母というストッパーが消えたことで、兄の素行不良は日に日に酷くなっていました。誰かに手を上げただとか、カツアゲをしているだとか、女を孕ませただとか、そういう噂が私の耳にも届きました。
その結果、私から友と呼べる人間が居なくなったことは、言うまでもないでしょう。
それでも、依然として、兄は私に対して噂通りの鬼畜ぶりは見せませんでした。
ふと、私は幼い頃に訪れた海のことを思い出しました。その砂浜に埋まっていた、小さな貝のことです。二枚の貝殻で、自分の身を守る、小さな小さな貝のことです。
私に兄以外の拠り所がなくなったように、兄にとっての最後の拠り所も、私だったのでしょう。
唯一の家族、唯一の肉親。
元は一つの肉塊だった私達は、あの貝のように、二枚重なって空虚な中身を守っているのでしょう。
『貝殻』
9/5/2024, 11:27:47 PM