いのり

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「落下」

 まだ暑さが残る初秋の9月、家族でハイキングに出掛けた。
 都心から電車で2時間程の、初心者に人気のある山で、まだ青い葉がほとんどだった。
 小6と小4の息子は、元気に小走りで私と夫の先を行く。私達夫婦はアラフォーで、2人ともフルタイムで働いているが、普段運動はしていない。
そのため、子ども達に追いつくことは最初からあきらめていた。
 20分くらい歩いたところで、遊歩道の脇から遠くに、また別の山々、そして谷の下には登って来た遊歩道が見えた。
「山登りは人生と同じだなぁ」
と夫が言うが、私は息切れもあり、返事はしなかった。
 その時、小4の息子が戻って来て、
「お父さん、お母さん、どんぐり!」
と両手を広げて茶色いどんぐりを5、6個見せてくれた。
「おお、もうどんぐりが落ちているのか」
と夫が言った。
「いっぱいあったの?」
と私が訊ねると
「少しね」
とだけ言って、また先へ行ってしまった。
 秋が深まれば、木の実も木の葉もたくさん落ちて、季節を知る自然は、人に季節の移り変わりを教えてくれるのだろう。

 そうこう歩いて行くうちに頂上の広場に着いた。先に着いていた息子達は
「喉が乾いた」
「お腹がすいた」
といいながら戻って来た。
運良くテーブルと椅子が空いていたので、途中コンビニで買って来たおにぎりと枝豆を食べた。他のハイキング客はさほど多くなく、大丈夫そうだったので、その場所でもう少し休むことにした。
 谷を見下ろすと、
「あぁ、俺たち、底辺からここまで来たんだなあ」
と夫が言った。 
 確かに昔のお城は、皆、高い場所に築き、周囲を見ながら国や自分達を守っていたのだろう。
 しかし不思議と、高い所から低い所を見下ろすと優越感に浸れる。
 そこへ売店にアイスを買いに行っていた息子達が戻って来た。
「あっ」と小4の息子が言った。
手が滑ったのか、蓋を開けたカップアイスを見事に逆さまに落とした。
 悲しげな息子に夫が
「それを片付けたら、また買ってくればいいよ。アイスは落としても、お金は落とすなよ」
と言った。
 私はゴミ入れ用に持ってきたビニール袋を渡し、息子は落としたアイスを片付け、また買いに行った。

 そして私達は、来た道を戻って、現実の世界に
帰った。
 私は優越感から劣等感へ落下していく気持ちだった。ふと、どんぐり達はどのような気持ちで落下したのだろうと思った。

6/19/2024, 9:46:22 AM