夏の雲は彼女の踏みつける石畳を愛撫するようにその影を滑らせて行った。壁時計が人々の人間性を午後の放埒な光の手に引き渡す頃、街のどこかでは必ずと言っていいほど盗難防止の警報がけたたましく鳴いていた。君が死ぬ間際になって、ある人が不幸に陥るための犯罪が交差点にさしかかり、律儀に世界は停止線の手前でその光景に見惚れていることがあった。それは手際としては実に偉大な空間の区切り方だった。青空に架け渡された硬質の発想のインフラストラクチャー。いかなる思慕も護りの屋根とはならず、契約事項に脇腹の素肌をさらしている。そして僕は正しく喋れなくなり、〇〇に溺れることがあった。「なぜか? もっとも尊いものは経験することができない質のものだからだ。」時は毎秒継続している。しかし目的は生まれてくることを辞めた。僕にとって生きることとは、死んでしまった可能性と生まれてこない可能性とのあいだに存在しつづけることに等しく、部屋の間柱を掴みながら酒をすすることになる夜の所以であった。女の謎が文学になり、女の心の謎が表現の秘密になった。幻に彼女の身体が投影された辺縁系の湿地に、僕はおのれの聖書を無くしてしまった。一度這ったものがむなしく背筋から流れ出ている。寝床についた暑気の跡はうつくしい空気の可能態をたたえて、監獄に閉じ込められた者の宗旨に膨大な時間を与えていた。
#入道雲
6/29/2024, 10:05:58 AM