「深夜のバス停で」

雨がしとしとと降り続ける夜。駅前のバス停に、一人の女性がたたずんでいた。美和は夜の街に響くバスの音を待ちながら、心の中のざわめきと対峙していた。傘も持たず、びしょ濡れになっても構わないかのように、ただじっとしている。しばらくして、その静寂を破るように後ろから声がした。

「まだ待ってるのか」

振り返ると、そこには過去の恋人・涼が立っていた。久しぶりに見るその顔には、かつての温かさと、少しの影が混ざり合っている。

「涼…」

彼と別れたのは一年前。仕事のことで衝突が絶えず、すれ違いが増えていった彼らは、ある日突然別れを告げあった。二人とも、愛しているという感情を持っていながらも、それを支える力を失っていた。しかし、別れてからも、彼女の心は未だに涼のことを引きずっている。バス停に立つ彼女を見つめるその眼差しは、まるで何かを訴えかけるようだった。

「どうしてここに？」と美和が尋ねると、涼は微かに微笑んだ。「偶然だよ。仕事でこの近くに来て、雨が強くなるのを待ってたんだ」

美和は苦笑し、「偶然ね」と言った。まるで映画のような再会に戸惑いながらも、心の奥底で、もう一度彼に会いたいと思っていた自分がいることに気づいていた。

二人はバス停のベンチに座り、ぽつりぽつりと話し始めた。別れた理由や、仕事のことでぶつかった過去。話すことで少しずつ、かつての痛みが薄れていくのを感じた。

「美和、俺はあの時、君のことを本当に理解していなかったかもしれない。今なら、君が求めていたものが少しわかる気がする」

美和はその言葉に心が揺れた。だが同時に、今さら彼を受け入れることへの不安もあった。

「私たち、やり直せると思う？」彼女の言葉はかすかに震えていた。涼は答えず、美和の手を静かに握った。その手の温かさが、どれだけ彼を恋しく思っていたかを改めて実感させた。

しかし、そのとき背後からバスのライトが二人を照らし、バス停に滑り込んできた。運命のように訪れた瞬間を前に、二人はただ見つめ合う。

「もう遅いかもしれない。でも…」

涼が言いかけたその瞬間、美和は彼の手をそっと放し、バスに乗り込んだ。彼女の目に浮かぶ涙は、言葉では伝えられない感情を語っていた。扉が閉まる直前、美和は微笑んだ。「さよなら、涼。」

バスが走り出し、窓の向こうで遠ざかる涼の姿を見つめながら、美和は切なさと同時に、どこかスリルさえ感じていた。この決断が、彼女にとって新たな未来への一歩となると信じたからだ。

雨の夜、街の灯りがぼんやりとにじむ中、彼女は一人、バスに揺られて新しい未来に向かって進んでいった。

11/12/2024, 10:17:38 PM