初音くろ

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今日のテーマ
《恋物語》





物語のような恋がしてみたいと思っていた。
素敵な男性に一目惚れをするもよし。
格好いい男性から想いを寄せられるもよし。
頭脳明晰な人、スポーツ万能な人、頼り甲斐のある人、アイドルか俳優みたいにイケメンな人。
そんな相手と、燃えるような恋がしてみたい。
そう、子供の頃からずっと憧れていた。



「俺、おまえのそういうとこ好きだわ」
「え?」

ロッカーから荷物を出していたら、そんな言葉が耳に飛び込んできた。
放課後の教室にはまだ何人も人が残っていて、突然の告白紛いの台詞にシンと静まり返る。
そして、一瞬の後、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「えっ、おまえこいつのこと好きだったの!?」
「ねえねえ、どうすんの!? 受けるの!?」
「あんたさ、コクるなら人のいないとこでやんなよ、可哀相じゃん」
「せめてもうちょっとムードとか場所考えろっての」

男女問わず級友たちに囃し立てられ、近くにいた友達には腕を揺すられ、そこで初めて告白されたのが自分だと気づいた。
容姿も頭脳も運動神経も、どこを取っても平均点なわたしは、自分の身にこんなことが起こる想定なんてしていない。
頭の中はすっかりフリーズ状態で、誰に何を言われているのかも分からなくなってしまう。
というか、今、何の話をしてたんだったっけ?

「別にコクったわけじゃねえし。こいつの考え方が好きで共感持てるって話」
「なーんだ」
「だよな」
「あーびっくりした」
「紛らわしいんだよバーカ」

彼の言葉で、ざわついていた教室の雰囲気が一気に弛緩する。
わたしもフリーズが解凍されて、ゆっくり息を吐き出した。
遅れてドキドキと動悸が激しくなり、顔に熱が集まってくる。

「ちょっと、この子、あんたと違って大人しいんだから変なこと言ってからかわないでよね」
「ほんとサイテー。大丈夫?」
「うん、平気。ちょっと驚いたけど」

気遣って庇ってくれる友人達に頷いてみせる。
でも顔の筋肉は強張ったまま。
たぶん笑顔はかなりぎこちないものになってるだろう。

「なんか、ごめん」
「ううん、大丈夫だから!」

ばつの悪そうな顔で謝る姿に慌てて首を振る。
そうでもしないと何だか惨めな気持ちになりそうで。

本当は、ちょっといいなと思ってた。
授業で分からないことがあった時にこっそり教えてくれるところも。
休み時間にたまにする他愛ない雑談も。
体育の授業で他の男子とふざけあっているところも。
物語のような情熱的なものではないけど、些細なことで心が浮き立つくらいには意識してた。

一瞬でも、告白されたと思って舞い上がってしまったのが恥ずかしくて。
舞い上がった分だけがっかりして落ち込んでることを誰にも気づかれたくなくて。
わたしは、だから精いっぱい微笑ってみせた。

「じゃ、行くか」
「……うん」

そうだ、これから図書委員で一緒に図書室に行こうって話してたんだった。
共通の好きな本の話題になって、キャラクターの言動について話していたところで、さっきの爆弾発言が飛び出した。
クラスメイト達の大半はもう興味がなくなったみたいで、それぞれ帰り支度や部活に行く準備を始めている。
彼と仲の良い男子たちだけは、どこか意味深な、からかうような笑みを浮かべてるけど。

「頑張れよー」
「襲うなよー」

どうやら彼らの中ではまだ、この一件はイジり材料になっているらしい。
からかわれている当の本人は舌打ちして「うるせー!」なんて返してるけど、本気で嫌がってるわけでもないみたい。
そんな様子を横目で見ながら、期待してしまいそうになる自分を戒める。

廊下に出て、再びさっきまでの本の話をしながら図書室へ向かう。
いつもは楽しくて仕方ない時間なのに、今日ばかりは会話の内容があまり頭に入ってこない。
そんな風に気もそぞろになっているのが伝わってしまったんだろう。
もうすぐ図書室というところで、彼は不意に足を止めた。

「あのさ、さっきのことだけど」
「あ、大丈夫だよ。本当に気にしてないから……」
「いや、その……気にしてって言ったら、迷惑?」
「え?」
「考えなしに言っちゃった俺が悪いんだけど、騒がれたからああ言って誤魔化しただけで、俺、真面目におまえのこといいなって思ってて」
「え……?」
「今、つきあってる奴とかいないんだよな? もし嫌じゃなかったら、お試しとかでもいいから、俺の彼女になってほしいっていうか」

今度こそ、本当にフリーズした。
でも、今度はすぐに急速解凍して、頭の中をいろんな考えが目まぐるしいスピードでぐるぐる回る。

どうしてわたしを?
いつから?
本当にわたしでいいの?

真っ赤な顔をした彼は真剣そのものといった顔で、こちらを窺う眼差しには不安が見え隠れしていて。
それを見たら、本当に本気なんだと、すとんと納得できてしまった。
頭を渦巻く疑問は今も止まらないけど、それ以上に嬉しい気持ちが湧きあがって、一度は収まってた胸の鼓動が再び激しく騒ぎ出す。


子供の頃に憧れたドラマティックな恋とは違うかもしれない。
だけど、ジェットコースターみたいにトラブルや事件がてんこ盛りの恋なんて本の中だけで充分だ。
そうしてわたし達は、平凡だけど掛け替えのない、わたし達だけの『恋物語』を紡いでいく。





5/19/2023, 8:32:21 AM