「終わりにしよう」
彼の病室を掃除するようになって2週間、話しかけられても当たり障りのないことばかり返してきた。
「会いたかった」
ふたをしたはずなのに、その先の言葉を聞きたい、聞きたくないの間で迷っている。それを悟られないように淡々と仕事をこなした。そして弁当作りも続けている。毎朝、彼の病気が良くなるように祈りを込めて作る。ただの自己満足なのだけれど。
しばらく横になってることが多かったが、その日は久しぶりにベッドを起こしていた。私の仕事を見ている。掃除が終わったころ彼が口を開く。
「もう終わりにしよう」
どういうこと?何も始まっていないのに?
「このよそよそしい関係はもう終わりにしよう。今度ゆっくり話す機会を作ってほしい」
はっきりとした意志を感じる眼差し。
「明後日はお休みだから、面会に来るね」
「待てない。今日仕事終わったら会いたい」
仕事が終わったら来ると約束して部屋を出た。何も考えないようにひたすら掃除をした。期待するな。何度も言い聞かせる。でもこの2週間で膨らんだ気持ちの正体を自分でも気づいていた。
オレンジが基調のノースリーブのワンピースとカラフルなサンダル。すっかり流行遅れのアパレル時代の服をまだ着ている。病院の面会には派手かも知れないが仕方ない。夕食前の時間に彼の部屋を訪れた。
「奈美?すっかり見違えたよ。変わらないね」
「昔の服を捨てられないだけ」
「奈美は今一人?」
「ええ、一人よ」
「幸せ?」
「幸せよ」
「ならよかった」
彼は少しためらって、でもはっきりと言った。
「昔のように、とは言わない。せめて友人として付き合ってほしい」
「あなたは今一人なの?」
「一人だ」
「幸せ?」
「幸せだ、と言いたいところだけど…まあ、今は不安でいっぱいなんだ。だから奈美の力を貸してほしい」
「わかりました」
右手を差し出した。彼が握り返す。
「病気のこと教えてくれる?」
「もちろん」
それからたくさん話をした。夕食が運ばれ、食べながら話し、面会時間が終わるまで話し続けた。
帰る時間になって私は言った。
「結婚しよう」
7/15/2024, 11:51:37 AM