薄墨

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「Who killed Cock Robin? I, said the Sparrow,
with my bow and arrow, I killed Cock Robin.」

制服で、車に揺られている。
車窓の外は、嘘のようにカラッと晴れ渡っている。

制服の、折り目正しいスカートの上に載せられた詩集が、車の振動に合わせてカタカタと揺れる。
「Who killed Cock Robin?」
分厚いマザーグースは、車の揺れに合わせて、繰り返し駒鳥殺しの犯人を問うていた。

今日は、本当に蒸し暑い。
ようやく効き始めたクーラーの冷気が、埃の匂いと一緒に、私のいる後部座席へと流れてくる。
「Who killed Cock Robin?」
マザーグースは、冷気でページをはためかせながら、そう主張していた。

車内では誰も喋らない。
クーラーの冷たい風の鳴き声と、車のエンジンの唸り声と、マザーグースのページの捲れる音だけが、響いている。
青くて、騒がしくて、鬱陶しいほど暑くて、陽炎すらもゆらめいている外。
黒くて、冷たくて、静かで、霜が降りそうなほど沈痛なこの車内とはまったく正反対だ。

こんな良い天気に死ななくてもよかっただろうに。
私は、罰当たりにもそう思う。
ぼんやりと車窓の外の空を眺めて。

今日の午前に、叔母が死んだ。
父さんの妹だった叔母は持病で、ずっと病院暮らしだった。
昨日と今日の間の深夜に、その容態が急変して、今朝息を引き取ったらしい。

起き抜けに電話をとった父に告げられて、私たちは、黒い服に身を包んで、車に乗った。

叔母は、病気のせいで派手に動けないというだけで、話してみれば、陽気で楽しげで、とても素敵な良いおばさんだった。
膝の上のマザーグースをくれたのも、「Who killed Cock Robin?」がもともと哀悼の詩だけども、英米のミステリーの常套スラングとして有名なんだと教えてくれたのも、叔母さんだった。

私たちは叔母さんの病院へ向かっている。
これから、叔母さんの持ち物や私物を整理して、叔母さんと最期のお別れをするんだと、父さんが震える声で、そう説明した。

もう叔母さんとは喋れないらしい。
もう叔母さんとは遊べないらしい。
お別れが終わったら、もう叔母さんの手も握れないらしい。

…そう何度も自分に言い聞かせても、なんだか遠くの地の、他人のことのような気がする。
悲しさも寂しさも、どっか遠いどこかを漂っている。
足元がふわふわしている。

喪失感。
突然、頭の中にそんな言葉が浮かんだ。
このふわふわ感は、どこか他人事のような無気力感は、喪失感というのだろうか。

喪失感。喪失感なのかもしれない。
膝の上に目を落とす。
「Who killed Cock Robin?」マザーグースは相変わらず、犯人を探している。

ぼうっと、ページを繰っていった。
「Who’ll dig his grave? I, said the Owl,
with my pick and shovel, I’ll dig his grave.」
「Who’ll be the parson? I, said the Rook,
with my little book, I’ll be the parson.」
「Who’ll be the clerk? I, said the Lark,
if it’s not in the dark, I’ll be the clerk.…」
鳥や動物たちが、駒鳥の死を悼んで、お葬式の準備をしていた。

制服のネクタイの色が、明るすぎる気がした。
相応しくない気がして、ネクタイを乱暴に外す。
窓から空を見上げた。
青い空を、カラスが一羽、横切っていった。

9/10/2024, 1:32:52 PM