つぶやくゆうき

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「巡り会えたら」

夕暮れも早くなり街中の照明が周囲を明るくする。
ほんの少し前はノスタルジックな夕焼けが迎えていたのに、今や賑やかな喧騒と騒々しい看板が迎え撃つ。日の入りが早くなるにつれ、明るくなるのが早くなるというのはなんだかあべこべだなと…。

そんなくだらないことを考えてしまうのは、疲労が溜まった身体を帰巣本能のみで動かしているからだろう。
仕事終わりの帰宅ラッシュの時間。いつも通りの人混みに紛れながら電車を乗り継ぎ、なんとか最寄り駅に着いたのだから頭だって正常な訳がなかった。
だが、定時に帰れているだけでも自分の仕事には感謝している。それ以上に不満やストレスや人間関係に頭を悩ませようともだ。

今日も身体は帰巣本能に任せ、頭の中は悩み事で混沌としている。安っぽく言えば昔のアニメみたいにうずまきのエフェクトと丸ゴシックで「ぐーるぐる」と書かれてる状態だろう。
だが何も考えることも無いのだからしょうがない。

だからこれもしょうがなかったのだ。

帰り道の名物。ストリートミュージシャン。
最寄り駅はストリートミュージシャンが有名アーティストになったとか駅の発車ベルが代表曲だとかなんだかで、路上ライブが少し盛んだった。
目線を合わせることなく聞き流しながら近くを通るばかりで興味もない喧騒の一つ。

でも、空っぽの頭にすっと入ってくるメロディーが身体を止めた。
急な事だった。今までに一度だってない。糸が切れた人形のようになんの前触れもなく止まった。
いや、動けなくなった?それとも疲労が限界を迎えた?とか、とにかく俯瞰的に自分を観察する。
そして聴く。滑らかな声。メロディーは曲線を描くようなのに、歌詞の内容は暑い。共感性羞恥が出てしまうような暑さ。それをアーコスティックギターが激しく表現している。そして叫ぶように丁寧に歌っていた。

そっか。

俺は今、疲れた身体が家に帰るよりもこの歌を聴くことを選んだんだ。
この人のこの歌を聴きたくて足を止めたんだ。
分かってしまったら、理解してしまったら、何も怖くない。なにも抵抗することはないんだ。

その後は目線を向けて歌に聴き入ってしまい、結局帰るのは遅くなった。
でも不思議と身体は軽くなって気持ちも軽くなったとさ。

めでたしめでたし。

10/3/2023, 11:07:12 AM