わをん

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『夜の海』

夏には嫌いなものが多い。暑いのも嫌い。蚊が出てくるのも嫌い。納涼はいいけどなんで怪談話を繋げてくるのか。心霊特集も最近流行りのリアルなお化け屋敷も腹が立つほど嫌い。
「肝試しに海行こうぜ」
世の中で一番嫌いなもの、肝試し。お盆真っ只中の夏休みだと言うのに海沿いのオートキャンプ場でのバーベキューのために集まった大学の同級生たちの中から片付けもそこそこにそんなことを言い出すやつが現れた。
「俺行かない」
「んだよ、みんなで行くから楽しいんじゃん」
酒も入った陽気なバカの集まりになってしまった集団は人の脇を固めると話を聞かずにズルズルと引きずっていく。キャンプ場の明かりから遠ざかる一行はスマートフォンのライトを暗い海に向かって照らし、夜間遊泳禁止の看板も見えていないように進んでいく。
浜辺に人の姿は無く、暗い海の波間からは無数の手が伸びている。見えているのは俺だけなのか、ただ暗いだけだねなどとやや気落ちした声に怯えの色は見えない。肝試しをすると言い出したやつが場を盛り上げるために服を脱ぎだし、止める間もなく海へと入っていく。何やってんの、と笑い声が起こるが、笑っていないのは俺と海に入ってしまったやつだけ。無数の手が群がるように絡みついて海の只中へと消えていった。早く上がってこいよと呼びかける声に応えられるものはいない。
「警察呼ぶよ」
だから肝試しは嫌いなんだ。いつまでも海を見つめる同級生たちは何が起こっているのかをまだ処理しきれていないようだった。暗い海はいつもと変わらず穏やかに波を寄せては返していた。

8/16/2024, 3:09:15 AM