GASP

Open App

『あなたへの贈り物』

「どうぞ、ソレント。プレゼントです」
 突然そう言われて私は一瞬何のことか分からず、「はぁ」と間抜けな声を発して差し出されたきらびやかな袋を受け取った。
 そして何か変だと思って、手元の袋とそれを渡したジュリアン様の顔を交互に見比べる。ジュリアン様はいつもの柔和な笑みをこちらに向けているが、私の反応を怪訝に思っているようでもあった。
 頭の中で今の出来事を反芻して、ようやく何が起こったかを理解した。
「え、ジュリアン様が、私に……ですか?」
「はい」
「それは……ありがとうございます」
 何と言うべきか分からず月並みな礼を述べると、ジュリアン様は「開けてみてください」と言ってきた。
 未だに現実の事かと戸惑いながらも袋を開ける。中から出てきたのは手袋とハンドクリームの瓶だった。
「これは――」
「寒いですし、最近は乾燥も酷いですから、これでしっかりとケアしてもらいたいと思いまして」
 そう言うジュリアン様の目が、キラリと光ったように思えた。
「先日の演奏会で、ミスをしたでしょう」
 私は息を呑んだ。気付かれていたのか。
 確かに、乾燥が酷かったこともあり、演奏中に僅かに笛を押さえる指が滑った。だが、音のずれはほんの少しで、聴衆の誰も気付いた者はいないと思っていた。しかし目の前の男はその僅かなずれに気付いていたのだ。
 私が驚くと、ジュリアン様は苦笑した。
「そんなに驚かないでください。あなたの隣で、あなたの笛をどれだけ聴いていると思うんですか」
「すみません」
 ジュリアン様は首を振って再び優しい微笑みを浮かべた。
「責めているわけではありません。あなたの笛の音は、子供たちにとって宝物です。勿論、あなた自身の存在も。あなたには、もっと自分をいたわって欲しいのです」
 優しい言葉が胸に沁みた。私は正面からジュリアン様を見つめる。その目の輝きは、かつて海底神殿で見せた威厳ある海皇のそれではなく、世界を憂う一人の青年の純粋な輝きであった。
 私は改めて思った。あぁ、これがこの人の真実の姿なのだと。神の器に選ばれる程の純粋さである、と。
「ありがとうございます」
 ようやく私は心からの感謝と微笑みをジュリアン様に向けると、手袋を手に嵌めた。手袋は深い藍色で母なる海を思わせた。
「とても暖かいです」
「それは良かった」
 ジュリアン様の微笑みを見て、私はこれからもずっと、この人について行こうと心から強く思った。

1/23/2025, 12:11:09 AM