空はすっかり夕暮れで、行き交う人々は皆足早だった。
忘れ物を取りに来たと言うと、学年主任はしぶしぶ鍵を開けてくれた。自分の名前を覚えられていたことに少し驚いた。
何かを探す素振りすらせず窓に顔を近づけた。横断歩道が見える。
いつもの騒がしさも、寒すぎるぐらいの空気も、そこには無い。
やや熱のこもった風に包まれている。
あの横断歩道で、先輩が2人、死んだらしかった。
目を細めてみれば、花やら缶ジュースやらが置かれているのに気づく。
知らない人では無かった。というか、同じ部活だった。
先輩方は退部した。1週間前だ。そしてすぐ訃報を聞いた。
率直な感想は、「やっぱそうなったか」で、
次に思ったのは、「前の席の奴がニヤニヤしながらこちらを見てきて気持ち悪いな」だった。「結構美人だったのにな」などと言われても困る。
分かってはいたが、部活に行っても2人は居なかった。
優しい人だったんだけどな、と少し惜しむ。大して会話もしてなかったしそれなりの仲でも無かったが、やはり佳人薄命とは本当なのだとも思ったし、真面目な人間ほどすぐ消えるのだと知った。
後方の扉から学年主任が顔を出して僕を急かした。
「忘れ物なんてしてませんでした、ごめんなさい」
頭を下げると苦笑いをされた。
本当は忘れ物なんてしてない。ただ、あの横断歩道は通学路じゃなかったから。
それにあそこに行ってしまったら僕は傍観者でなくなる。リアルな人の声が聞こえてしまう。故人の首を絞めるような声が、死体を蹴って内臓を犯す声が。
それでも誰もいない教室から見下ろした街は、やけに綺麗に見えた。
三十九作目「誰もいない教室」
前作と繋げるのがすきすぎて困る
9/6/2025, 12:33:29 PM