私の国では、波の音は旋律であり、拍子であり、音楽そのものだった。
海に歌を捧げ、また海からも歌を授かり、共に奏でることで豊穣と無病息災を祈る。
しかし、隣の国に嫁いでから海が遠くなり、すっかりその習慣も行えなくなっていた。
「海に行きたい…」
ぽつりと呟いただけのつもりだった。
しかしそれを聞いた夫はあれよあれよと準備をし、気づけば国内で唯一海と接している領地に来ていた。
母国とは違う顔を持つ海。それでも思い出を誘う波音と潮の香りに思わず母国の歌を口ずさんだ。
それを見ていた夫が顔を顰めたのは、夫婦仲のせいだろう。政略結婚だからかほとんど口を聞かず顔は顰められてばかり。なぜ連れてきたかといえば、領地運営するにあたり、海のことを熟知していると判断されたからだろう。
「そんなに嫌なのか。」
「はい?」
部屋に入った途端に言われた唐突な言葉に何も考えられず出た返答だった。
「俺は……そんなに疎まれているのか?」
「……はい??」
こちらが何かを言う前に、夫は自身の手で私の身体をベッドへ縛りつけてきた。
「俺は……!お前の夫だ!!」
「……はい。はい?」
夫が何を言いたいのか全く分からぬまま、私の体は彼に貪られていった。
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「……祝福?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこんな顔なんだろうなと思った。
「波の音に合わせて歌うのが私の国の神への祈り方なんです。」
「呪いではないのか?海に対し恨みを込めた歌を捧げて人柱を……」
「数百年前なら凶作対策でしたかもしれませんが、今はもっぱら海藻や稾で作った人形です…。願掛け程度の迷信扱いですが。」
夫はガシガシと頭をかく。痛くないんだろうか。
「なぜそんな不気味なものを作るんだ!呪いの人形なんだろう!」
「海藻で作れば海の動物たちが食べてくれるから回収の必要もなく楽なんですよ。」
合理的でしょう、という私の言葉に、夫は大きく息を吸い、同じくらい深くため息をついた。どうやら母国の習慣がだいぶ捻じ曲がって伝わっていたらしい。
しかめっ面の夫を膝枕に乗せ、頭を撫でながら波音にあわせて歌を紡ぐ。歌詞が泣いている子供のための歌なのは内緒だ。
夫は眉間の皺がひどかったが、じきに薄くなり、最終的に寝息が聞こえてきた。
起こさないようそっと彼の胸に潜り込み、寝息と海の声を聞きながら私も静かに目を閉じた。
【波音に耳を澄ませて】
7/5/2025, 2:27:50 PM