池上さゆり

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 また、電話が繋がらない。何度かけても繋がらない。何度もメッセージも送っているのに、返信もない。脳内がなんでという言葉で埋め尽くされる。耐えきれなくなって爪をかじる。せっかく綺麗にマニキュアを塗ったばかりなのに、台無しだ。でも、そんなことどうでもいい。今。この瞬間。彼氏がなにをしているのかわからないのが耐えられなかった。
 スマホを持ったまま部屋の中をウロウロしているうちに彼氏から返事がきた。
「ごめん。風呂入ってた」
 すぐに電話をかける。三コール以内に出る約束なのに出てくれない。最後のコールが鳴ったところでやっと彼氏の声がした。
「ねぇ! お風呂行く時は教えてって言ってるじゃん! お風呂なんて十分で上がれるでしょ!? なんで三十分も連絡なかったのよ!」
「それはごめんって。俺だって仕事もあるし、疲れてるからそんな毎回は連絡できないよ。わかってくれないと困る」
 疲れ切った声でそう言われても、私の怒りは収まらなかった。
「私だって仕事してる! それでも毎日ちゃんと連絡してるじゃん。同じ熱量で返してほしいだけなの」
 もとは不安の形をしていた怒りが、どんどん悲しみに変わっていく。わかってほしい。安心させてほしい。不安にさせないでほしい。たったそれだけなのに、どうしていつもこんな言い方しかできないのだろう。
「ごめ……」
「ごめん。もう俺無理だよ。耐えられない」
 終わりにしようと言われ、通話を切られた。なにを終わりにするのかわからなかった。もう一度電話をかけるが出てくれない。何度かけても出てくれない。メッセージを送っても既読にならない。すると、メンバーがいませんの文字が表示された。ブロックして消されたのだとわかった。ありえない。今までこんなに尽くしてきたのに。同じ温度で接してほしかっただけなのに。
 私のことを忘れて生きると言うのなら、一生忘れられないトラウマを植え付けてやる。包丁をカバンに忍ばせて、彼氏の家に向かった真夜中一時の出来事。

7/15/2023, 3:26:24 PM