sairo

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約束をした。
夜に生きる友に青空を見せると。
初めての、そして唯一の友だった。たくさんの事を教えてくれた。与えてもらうばかりだった。
だからせめてもの恩返しとして。優しい友を光の元へ連れ出したかった。
それだけが願いだった。



「それで?我に如何しろと?」

腕を組み、不機嫌そうにこちらを睨め付ける神様に伏して願う。

「長様が。欠落が多い、と。人の形には戻せない、から…なので、どうか…」
「具体的に言え。何が『なので』だ」

吐き捨てられる言葉に、思わず身をすくめた。
ぎゅっと、目を閉じる。手にした小箱を胸に抱いて。
目を開けて、小箱を差し出した。

「友を、助けて下さい。ぼくを待って、陽に焼かれてしまった友に、どうかもう一度生を与えて下さい」

友との約束を果たすため、千里を駆けた。
けれど結局、友を青空の下へ連れ出す術は見つからず。仕方なしに代価品を手に友の元へ戻れば。

笑って迎え入れてくれる友の姿はなく。
物言わぬ亡骸が、陽の光に焼かれていた。

忘れていたのだ。人の生は短いのだと。
いくら妖の血が混じっていようと、友は人だという事を。
忘れて、友を夜に置いていったのだ。


「長様が。血縁であり神である御衣黄《ぎょいこう》様ならば、あるいは、と…願います。どうか友の魂を元にお戻し下さい」
「無理だ」

否定の言葉に、伏していた顔を上げる。
小箱に視線を向けるその表情は、どこまでも険しい。

「魂魄の修復なぞ、我が出来るわけないだろうに。それは常世のモノの領分よ。彼奴等が出来ぬというなら、他の誰にも出来ん」

力が、抜けていく。
友に二度と逢う事が出来ない。否、逢えなくてもいい。せめて新たな生は、と。
望みは絶たれ。ただ後悔と虚無感に、すべての感覚が遠くなる。

「おい。話を最後まで聞かんか。勝手に完結するな」

頭に衝撃を感じ。ぐらついた拍子に、手にした小箱の中身が微かに音を立てた。

「まったく…いいか?人間としての生は叶わぬ。だが此奴は妖混じりだ。欠片と灰しか残るものがないとはいえ、魂魄はある。器さえあれば、妖として在る事は出来よう」
「器…妖……」
「鏡を持っているだろう?」

鏡。言われて、取り出す。
望むものを映し出す術が刻まれた鏡。せめて青空を見せたいと持ち帰った代価品。

「妖として在る事を望めば定着し、成る。望まねば…そのままよ」

望まれれば。けれど望まれなかったとしたら。
不安を押し殺し、小箱の蓋を開ける。
灰と、埋もれる欠片。友の魂のすべて。
あの日。燃える亡骸に、魂に手を伸ばして届いたのはたったこれだけだった。

震える指で欠片を摘み、鏡に落とす。
波紋を広げながら沈んだ欠片に息を呑む。
小箱を持ち、中の灰を鏡に撒いて。跡形もなく呑み込まれていく様子を、ただ見ていた。



「定着までに時間を要するな。待つと良い」
「ありがとう、ございます」

一礼し、鏡を胸に抱く。

「本当に、ありがとうございました」
「勘違いをするな。我は可能性の一つを提示したまでの事。礼を言うべきは、望んだ子にだろう」

眉間に皺を寄せ、指を差される。
鏡は黙したまま。

最後まで不機嫌な様子で社に消えていく神を見送り、詰めていた息を吐いた。


鏡の縁をそっと撫でてみる。
いつ、目覚めてくれるのだろう。

勝手をした事を怒るだろうか。もう一度友になってくれるだろうか。
不安は尽きない。

それでも一言だけ。
ありがとう、と。
そう告げられる日を、目覚める時を待って、目を閉じた。



20240707 『友だちの思い出』

7/7/2024, 4:12:35 PM