鯖缶

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眩しさに目が覚める。
窓の向こうに白く輝く丸い月が見えた。
少しだけ眠るつもりが、寝入ってしまったようだ。
そのままぼんやり月を見ているとさっきまで見ていた夢の断片が頭をよぎる。
(ラノベみたいな夢だったな。)
銀の狼、迷宮、魔剣、そして月の化身のような女性。
(月明かりのせいだったのか…?)
身体を起こし、ビールでも飲もうと冷蔵庫を開けようとして、昨日の夜に最後の一本を開けたことを思い出す。
外は風もない月夜だ。俺は財布を手に取る。
(公園で月見酒と洒落込むか。)

コンビニで気が変わり、俺は日本酒のワンカップを2本持ちながら公園に向かっていた。
(月と呑む、みたいな漢詩があったんだよなぁ。)
公園には誰もいなかったが、月に明るく照らされているせいか近寄りがたい雰囲気はまるでなかった。
俺は目の前に月が見えるベンチに腰掛けると、ワンカップの蓋を開け、こっそりと月に献杯した。

あまり飲み慣れない日本酒をちびちびと舐めるように飲んでいると、公園に人影が現れた。
影の大きさからして男のようだが、ずいぶん足取りが乱れている。
関わり合いになる前に立ち去りたいところだが、酔っ払いのような人物がいるのは公園の出入り口だ。
下手に動いて存在を悟られるよりじっとしているのが得策と、俺は男の動向を見守ることにした。

「でっさぁ、付き合ってるわけれもないしぃ…」
やはり男だった酔っ払いは俺の隣りに座り、もう一本のカップ酒を飲みながら、女友達に怒られて部屋から追い出された経緯を呂律の回らない舌で語っている。
「その子君のこと好きなんだって! 絶対そう!」
俺は慣れない日本酒でかなり楽しい気分になっていたので、全く知らないその男と普通に話していた。
「いや好きはいいんすよぉでも夢で見た女の子がかあいかったっていっただけでそんな怒りますぅ?」
「夢の子って、どんな子だったの?」
男はちょっと迷って「引かないでくださいよぉ」と前置きをすると「月の女神みたいな子だったんすよぉ。」と恥ずかしそうに言った。
俺は思わず「え?」と男を見つめる。
「それも、その子ってオレなんです。オレがその月の女神ちゃんなんですけど、実はフェンリルっていうでかい狼で。」
「うん、それで?」
「あ、こういう話好きなんすかー。引かれなくてよかった。」と男は話を続ける。真っ暗な場所で苦しかったこと、目の前が開けて男が来たこと、食べようとしたこと、そして女性の姿に変わったこと。
男はふにゃふにゃと話を続けているが、俺は冷水をぶっかけられたように酔いから醒めていた。
「どしたんすか、顔色おかしい色ですけど?」
「夢だ。」
「はい、夢の話って言ったじゃないすか。」
「これも夢だ。」
「え? これ夢なんすか?」
じゃあこれから自分ち帰るのメンドいんでお兄さんち行っていいすかと男が腕を掴んでくる。
そうだ、全部、月夜の夢だ。
そうして俺は公園の酔っ払い男と肩を組み、月の女神について熱く語り合いながら帰路についたのだった。

3/8/2023, 4:53:11 AM