また会いましょう。
小説。
昨日(2024/11/13)のテーマです。
今日のテーマ秋風は、下にあります。
わたしは図書館でダンセイニを探していた。一度、利用者用資料検索機で調べ、分類番号と著者記号を覚えておいた。
なのに書架の前に行くと、ふしぎと見つからない。
貸出中なのかと思って、もう一度検索機で調べに行ってみる。貸出可になっている。
なんでなんだろう。もう一度書架の前にもどってみると、今度はあんなに見つけられなかったのが嘘のように目の前にある。
喜んで本を引き抜いた。すると隙間から書架の向こう側が見えた。向こう側にも人がいたようだった。わたしより背が高くて、はじめにその人の顔の下半分が見えた。目線をあげると目があった。
これがオリベ先輩だった。
これまでどこでなにをしていたか知らない。かわいがってくれた教授の誘いを蹴って、北極のレンジャー教育施設へ短期留学生してしまった……とは、友だちから聞いた話だ。わたしは知らなかった。そもそも、教えてもらえるような関係でもなかった。
こんなところでばったりと出会うなんて。思ってもみない幸運にわたしの頭は茹だりそうだった。
オリベ先輩は踵を返し、歩いていってしまう。
図書館では大声を出すことも、走ることもしてはいけない。
わたしはできる限りの早足でオリベ先輩を追いかけた。書架をひとつ挟んだ向こうをオリベ先輩が歩いている。
並行になって追いかけていると、先輩が角を曲がった。先輩は専門書の並ぶ奥のほうへ消えていった。
わたしはぐるぐるとそこを回ったけど、書架にはどんなマジックがかかっているのか、先輩の行方はわからなかった。
外に出てはいないはず……。
今日は大雨だった。朝はそんなにひどくなかったんだけど、図書館に入ったところで大荒れになった。ものすごい量の雨が窓を伝っている。
図書館には雨やどりに来て、出るに出られなくなった人たちで息を殺している。
外で大きな雷が鳴った。
料理本から、建築、教育、自然科学、と棚を覗いていくと、向こうの通路からおなじようにこちらを覗き込んでいる人が見えた。
書架をひとつ挟んで向こうの通路から、男の人が棚を覗き込んでいる。あの人もだれかを探しているんだろうか。
ぴったりわたしとおなじ歩幅なので、覗くたびにわたしと顔を合わせる羽目になった。
三回合わせてから、おかしなことをしてしまった、とわたしは立ち止まった。向こうも立ち止まり、わたしのほうを向いて会釈した。
わたしは通路から通路に向かって声をかけた。
「背の高い眼鏡の男の人を見ませんでしたか」
向こうの男の人は眉を上げた。
「だれかお探しですか」
「ええ。あなたもですか」
「はい。はじめは本を探していたんですけど……」
「わたしもです」
わたしたちは歩み寄って話した。
「外は雷雨ですから」
「ええ。中にいると思います」
「はい。健闘を祈ります」
「それは悪魔に」
男性はふらっと立ち去ってしまった。
わたしも気まずくなって、彼とは反対方向に踵を返した。
すると、いた。先輩が、閲覧席にすわっていた。
わたしは近くの棚からチョコレートの歴史という本を取り出し、先輩のとなりに座った。
「オリベ先輩ですよね」
と、いうと、先輩は「私語禁止ですよね」とつめたく言った。なによちょっとくらい。先輩は目線ひとつくれなかった。
なにを読んでいるのか気になったけど、詮索するのはマナー違反かとおもって黙った。
先輩は本から栞を抜き出すと、ポケットからはボールペンを取り出した。文春文庫の栞になにかを書きつけると、わたしに渡した。
それから席を立つと、つかつかとカウンターに歩いていってしまう。
「外は雨ですよっ!」
と声をかけると、人差し指を唇に当てて振り向いた。
「瞬間移動で帰れます」
「そんなことできるわけない」
「冬には魔法が起きるんです」
「この栞、どういうことですか」
「願いを口にすると悪魔に邪魔されるから、魔法を使うときも魔法使いは一言もしゃべっちゃいけないんです」
適当なことをいって、先輩は出ていく。
秋風。
家に帰りたくなくてベンチでうずくまっていると、小学校低学年くらいの子どもたちが、落ち葉シャワーで歓声をあげていた。
両手いっぱいにかかえて「せーの!」と舞いあげて遊んでいる。
呆然として眺めていると、中学年くらいの女の子たちがそばにやってきた。
「おねいさんどうしたの?」
落ち込んでるみたいだったから……といって、名前のわからない花をくれた。
感動して涙ぐんでいるわたしの脇に、三人はしゃがみこむ。わたしを慰めてくれる――というわけではなく、わたしの足元にいるコロを「よしよし」と撫でている。
わたしみたいなのに話しかけてくれたのは、コロがいたからだろう。
「ありがとう。ありがとうねえ」
鼻を鳴らしていうと女の子たちはぽかんとして、怯えた様子になって、べつに、といった。
仲間どうしで顔を見合わせると、逃げていった。
コロ、ありがとね、と、飼い犬の背中を撫でているわたしを、三人のうちのひとりが振り向いた。
けど、わたしのうしろを見て目を見開いた。それからはもう振り返らず、たーっと急いでクヌギの木の裏に隠れてしまった。
うしろには、わたしの弟が立っていた。
いつの間に来たのだろう。
わたしが目をこすつているのに気づいたみたいだった。「なんで泣いてんのん」といわれた。わたしは「泣いてなんかない」と答えた。
リクは一度、キッと林のほうをにらみつけたけど、次にはわたしの前に回って泣き顔を確認しに来た。
「泣いてるやん!」
わたしが花をもっているのに気がついて、それを奪い取った。
「あっ」
「こんなもの」
「ちがう。もらったんだよ。さっきの子たちに」
「ふん。フジモリの妹たちじゃん。あの団地の」
リクはくんとピンクの花のにおいを嗅いだ。それからわたしに差し向けた。
返してくれるのかとおもったら、ぴっ! とわたしの目の前で花弁を引き抜いてしまう。
「ああっ」
リクは静かな声でいった。
「大丈夫」
そしてひらりと花を落とした。
「明日はいいことが起きる……」「お母さんに怒られない。大丈夫……」「テストでいい点取れる……」「ピアノの先生に褒められる……」「晴れる……」「おいしいもの食べれる……」「ユカワの奴が転校する……」
ぴっ、ぴっと引き抜いて、花びらは全部取れてしまった。
ガクや葉っぱまで引き抜いて、茎だけになるまでリクはそれをつづけた。ひとしきり済むと、リクはお終いとばかりにうしろに放り投げた。
「帰るぞコロ!」
大きな声を出して、わたしからコロのリードを奪うと、身を翻して公園の外に出ていってしまう。
林のほうから女の子たちの悲鳴が聞こえた。花びらをちぎり捨てるリクの行動に、「はぁーっ!?」と声をあげている。
それも耳に入らないかのように、リクは坂を駆け上がっていく。リクは足が速かった。六年生のなかで一番だと聞く。びゅんびゅんと走って、コロにもさらに走らされて、坂の上の住宅街に消えていく。
あっという間に見えなくなった。サアと風が吹く。わたしの傍を吹き抜けて、落ち葉がわたしの足元にすべりこんだ。それを踏みつけてみた。乾いた音が立った。
当たりばっかりの花占いの残骸を踏みしめて、わたしは立ち上がると、坂の上を見あげて追いかけていった。
11/14/2024, 5:17:55 PM