言葉にならないもの
言葉にならないときはいつも決まって…
「俊介!もう、二度とうちの敷居をまたぐんじゃないぞ、分かったか!」
親と大喧嘩をした。なにが、遺産目当てだ。ジジイになってもあの怒鳴り方って、ああ本当にムカつく。
女といちゃつくのは駄目だ、ギャンブルは駄目だ。じゃあ、何で楽しめばいいんだよ。楽しみと言ったらそれしかないんだ。遺産なんて、どうでもいいんだ俺には。
あのジジイが死んでくれたら、どんなに嬉しいことか。
喧嘩別れをしてから、何日経ったんだろう。二日前まで毎日あのジジイから電話が来てたのに、突然電話が鳴らなくなった。
もう呆れたんだろう。そう思ってまた遊びに出かけた。
しばらくして電話が鳴った。母親からだった。何かとてつもなく嫌な感じがして電話にでた。その勘は当たっていた。
「俊介。お前にやる遺産はない。」
父親の病室まで行ったのに、そうはっきりと言われた。近寄りがたい威厳のある男だった父親の今の病に伏せる姿は、なんともみすぼらしかった。
「お前なんて…」
力強くそう言った、はずだった。途中から急に身体の力が抜けていった。そして、言ってはいけないことだったと、あとで悟った。
「お前、だと?父親に向って、ゲホッ、もう、二度と俺の前に顔を出すな!出ていけ!」
病院を出た。俺は今どんな表情をしているだろう。
それに、あのとき言いたかった言葉は違うんだ。
言葉にならないときは決まって、心の中の金庫にしまってある本音が出そうになったときだ。
だから、俺が言いたかったのは、
「お前なんて、俺と同じだろ。」
自分の弱さをずっとずっと隠し続けてる弱虫だってことだ。
8/14/2025, 1:04:55 AM