つぶて

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声が枯れるまで

 今頃、ちょうどいいランチタイムなんだろうな。
 何度目かのターンをして、ふとそんな考えが頭をよぎった。両腕はとっくに重く、水中とは思えないほどの熱が体にこもっている。流れる水音に被さるように、荒い呼吸が鼓膜を支配している。肘が曲がりはじめたダサいフォーム。スピードが落ちているのはわかってる。
 高校レベルの競泳で長距離に出場する選手は少ない。市内や県大会ではなおさらで、出場選手のいない学校の方が多いくらいだ。短距離と比べたら応援も少なく盛り上がらない。その上、一レースに20分くらいかかる。だからほとんど誰も観ていない。ちょうどいいご飯時か、おやつ時。そんな勝手なイメージ。
 カラカラと鐘の音が鳴って、ラスト一往復。すでに体力の限界を超えていた。とにかく前へ。少しでも早く。何も考えられない。今の自分を出し切るだけの存在へと昇華していく。その苦痛と快感の凝集物。
 終わった後の会場はやっぱり静かで、私はぼんやりと電光掲示板を眺めてから、這いつくばるようにプールサイドへ上がる。一礼して、表舞台を後にする。
 ふらふら歩いていると、駆けつけてくれた子がいた。
「自己ベスト、おめ……ッ」
 息を切らして出た言葉は、ゲホゲホと咳に変わる。
「やり直し! 自己ベ、おめでとう!」
 その声があまりにもガラガラで、私は一瞬何を言われたかわからなかった。だけど、すぐに全部わかった。
「うん。ありがとう」
 喉に手を当ててチューニングする未来の親友を見ながら、次はもっと早く泳がなきゃな、と思った。
 

10/21/2024, 2:52:13 PM