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『わぁ!』

 人がやってくる気配を感じ取った私は素早く双魚宮の柱の一つに隠れた。足音は一つ。徐々にこちらに近付いてくる。私は息を殺して待つ。やがて足音が私の隠れる柱のすぐそばまで来た時、私は満を持して「わぁ!」と叫び声を上げて柱から飛び出した。
 私が脅かした人物――瞬は「わぁ」と声を上げたが、その声は形式的な棒読みで、表情にも驚きは一切見られなかった。大きな瞳は、とっくに気付いていたと物語っていた。
「やぁ瞬。今日もご苦労様」
「何で毎回脅かそうとするんですか。普通に声をかけてください」
 私の挨拶に、瞬は呆れを含んだ声で返す。
「退屈な仕事に刺激を与えてあげようと思ってね」
「全然退屈じゃないですよ」
「それは何より。この後も忙しいのかい」
「いえ、今日はもう終わりですけど」
 私は、それは良かった、とばかりに微笑んだ。実のところそんなことは既に把握済みなのだが、そんな態度はおくびにも出さない。
「なら、丁度美味しいクッキーをもらったのだ。食べていくといい」
 嘘だ。今日のために私自らが用意したものだ。
「え、でも――」
「クッキーは嫌いかい」
「好きですけど――」
「では遠慮することはない。来たまえ」
 そう言うと、私は強引に瞬の腕を掴んで引っ張っていく。瞬は何かを言おうとしたが、結局抵抗することもなくついてきた。
 少し前から、瞬が聖域の仕事を手伝うようになり、十二宮に姿を見せることが増えた。仕事は教皇の間に行くことが多く、つまり双魚宮を必ず通るということだ。
 私は従者に金を握らせ(ついでに口外無用だときつく脅しをかけて)、瞬の予定を調べさせた。お陰で、瞬がこちらに来るときは必ず彼を双魚宮に連れ込むことができた。
 勿論、何か如何わしい真似をする訳ではない。他愛無い話をしたり、共に菓子を食べたりと、まるで子供同士の戯れだったが、私は楽しく、これまでにない幸福感を覚えた。
 何故彼にここまで魅力を感じるのだろう。
 黄金聖闘士である私を打ち倒したその力か、女性かと見紛うようなその美しさか、神の器に選ばれるほどのその純粋さか――考えてみても結論は出ず、結局のところ、人が人を好きになるのに大した理由もないし、一種の熱病のようなものなのだと思った。
 生来楽観的な性格の私は、それならそれでこの熱病を楽しもうと思った。
 まるで恋する乙女だ――そう自嘲しながらも、それでも瞬とのやり取りは楽しく、かけがえがなく、今日も私は柱の陰から彼を脅かすのだ。

1/27/2025, 4:09:25 AM