『本当の幸いとはなんだろう。』
少年はつぶやいた。
ぼくは答える
「みんなの本当の幸いのためならば、
もしそんなものがあるならば、ぼくはたとえ、なんべんでも体を焼かれたってかまわない。けどね、」
「きっと、ぼくにはぼくの、きみにはきみの、ひとつ
ひとつの幸せがあるだけさ」
『お母さんは喜んでくださるだろうか。』
「きみのお母さんは泣いていたよ。でもきみのこと
立派だとおっしゃっていた」
『ほらあそこ、きらきらひかってきれいだねえ。
ぼくのお母さんも手を振っているよ』
「ぼくには大きくてまっ暗な穴が見えるよ。
ぼくにもきみの景色が見えたらよかったのに」
今でもすべて憶えている。
「「ねえ、ぼくたち、どこまでもいっしょにいこうね。
カムパネルラ!」」
声が重なった。かつてのぼくと共に。
「……行けたらよかったのにねぇ。
ぼくのひとつの幸せはね。カムパネルラ、きみと友達であることだったんだよ。」
これが夢であることを、いつも同じ台詞で思い出す。
「きみが友達であることが誇りで、何より嬉しかった。
いじわるなザネリなんかのために、君が沈むことなかったのに」
そして彼は消えているのだ。あの時と同じように。
銀河鉄道。ぼくとカムパネルラが最後に一緒にいた場所。あのときはまた昔のように仲良く語り合えた。
そのときにはきっともう、カムパネルラは沈んでいたのだろうけど。
水底にいるはずの彼と、遥か銀河を走る汽車の中で語らったあの時間を、私はこの年になった今でも夢にみている。何回も、意味のない返事を虚像に向かって放り投げていた。
「なぁカムパネルラ。君は、君のひとつの幸せを手に入れられたのか?」
そう問いかけたとき、半分夢から醒めているのがわかった。かつての面影もない、年老いた姿で虚像を見つめる。
同じことの繰り返し。返事がないとわかっていても、
目が醒める前のこの問いをやめることは、
いつまでもできなかった。
虚像が静かにこちらを見つめている。
……虚像が静かにこちらを見つめている。まだそこにカムパネルラが立っている。なぜだろう。
『ぼくは本当の幸いを手に入れたよ。ぼくは立派な行いをした。お母さんは褒めてくださったでしょう?
そして友達と素敵な旅ができた。これ以上の幸せったらないよ』
「嗚呼、まさか」
『ねぇジョバンニ。もう少ししたらぼくら、
本当にどこまでもいっしょに行こう』
これは夢だ。わかっている。わかっている!
だけどもそうか、夢だもの。ちょっとばかし自分の嬉しい方へ向いてもいいじゃないか。
「きみか、きみなのか。ぼくのこと、迎えにきてくれたのかい」
彼はポケットから小さな紙切れを取り出して、私に手渡した。
『あのとききみが持っていたチケットには劣るけどね。ぼくらこれでおんなじとこまで行ける。』
それは小さな切符だった。かつてカムパネルラや他の乗客が持っていたのもこれだったのだろうか。
「また、会えるのか?」
『きっとまたいろんな星を見に行くんだ。約束しよう』
眩い光で目が覚めた。頬を伝う冷たい水で、嗚呼やはり夢だったのかと頭も冴えた。
頬を拭ったとき、何かを握りしめていることに気がついた。
古びた、1枚の切符。
私は約束の日までに身の回りの整理と彼への長い土産話を書き留める作業に追われた。
切符の日付は、次の星祭りの日。再びあの銀河鉄道に乗る日まで、あとxx日。
1/4/2025, 5:28:59 PM