入道雲(屋上の定位置)
今年も暑い、暑い夏。
オフィスの窓から見える、遠くの入道雲にうんざりする。
揺らぐ街並みが外の温度を思い起こさせて、わたしは更に気が滅入った。
………またいる。
いつからか、向かいのビルの屋上に人影を見るようになった。
わたしは今日も目を皿のようにしてそれに見入る。
遠くてよくわからないけれど、服装の感じからして多分男性。
心許ない、あんな不確かな縁に腰掛けて足を組んでいるなんて、最初は到底信じられなかった。
―――けどいる。確かにそこにいるのが見える。
昼間から屋上で何をしているんだろう。
仕事の息抜きに景色を眺めに来てるにしては、ちっともそこから動かない。
それにしょっちゅういる気がするのは最早気のせいレベルではないような。
………。若いのに、窓際族?
―――考え込んでいると、不意に彼と目が合ったような気がした。
あんな距離でそんなわけないと思ったが、次の瞬間の彼の行動にはっとする。
やおら片手を上げたと思ったら、ひらひらと振られたのだ。
え。わたし? わたしに振ってる?
―――どうしたものかと逡巡して、周りに目をやり挙動不審になる。
しかしすぐに気まずくなり、わたしはそそくさとその場から離れた。
なに、何なのあの人。
というか待って、本当にわたしに振ってた?
いやそれ以前にあそこに人がいるのも見間違いなんじゃ………。
………わたし、暑さで頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
オフィスの廊下で書類を胸に佇む彼女の脇を、皆素知らぬ顔で通り過ぎて行く。
―――正面から歩いてきた男性にぶつかりそうになったが、彼女は避けようとしない。
その彼もまたそんな素振りを見せぬまま、
彼女の中を通り抜けた。
………あの人も、もしかして。
彼女がビルの方に振り返る。
そこから姿は確認できないが、ビルの一角が垣間見えた。
縛られてはいるけれど、この場所から離れなければ………何階でも行けるはず。
わたしは踵を返すと、階段に向かい歩き出した。
そこから見える外の景色はどんなだろう。
あの入道雲はまだあるだろうか?
そして向かいのビルの、あの人は―――。
わたしは逸る心を抑えきれず駆け上がる。
分厚い扉の前に立ち、大きく深呼吸をして息を整えるとその取手に手をかけた。
―――燦々と輝く太陽の光。
だだっ広いコンクリートの向こうにある、白味がかった薄汚れた柵。
「………やっぱり、いた」
目が眩む中、暑さで揺らぐ街並みに紛れて煙草を咥え座っている彼。
その姿に思わず声が出そうになるのを寸前で抑えて、
わたしはそこから大きく手を振った。
END.
※関連お題
5/25「あの頃のわたしへ」
6/6 「誰にも言えない秘密」
6/21「あなたがいたから」
6/30/2024, 5:42:29 AM