螢火

Open App

優也の口癖は「ちょーだい」
ちっちゃい頃からずっと。
俺が何か持っているとすぐに「俺も!俺にもちょーだい」
幼なじみの優也は、他の人が持っているものはなんでも欲しがる。幼稚園でも小学校でも中学校でも、常になんでも欲しがる優也を周りはだんだん避けるようになった。そして優也の近くにいた俺も自ずと避けられるようになった。でも優也はそんなに悪い奴じゃない。俺は「ちょーだい」と言われることを想定して2個以上入っているものを買う癖がついたし、それで解決だった。

俺たちは友達というものは互いしか知らないまま高校生になった。高校2年生の春。やっぱり最初は仲の良かった男子達も、優也の「ちょーだい」が原因で2年に上がる頃には誰も俺たちに話しかけなくなった。俺はそれでもいいと思った。でも優也はああ見えて気にするタイプだから「俺、またやっちゃったかな、、」と呟いては毎日のように『反省会』をしていた。俺は隣で「ああ、それは相手も嫌かもね」とか「そんなに気にしなくたっていいじゃない」とか言っていた。そして優也は結局毎回「俺、お前がいればいいや」と吹っ切れたように言っていた。

俺たちは成長期が早めで、高校1年では既に成長は止まりかけていた。それでもクラスで1列に並べば優也と俺は順に後ろの方だった。高校は青春を謳歌したい若者たちの集まりだ。そして「顔がいい」とか「身長が高い」とかの理由だけで、女子は男子を見極めた。だからやっぱり俺たち、特に見た目が良くて色素が薄い、外国人風の優也は『「ちょーだい」問題』があっても女子にモテた。そのせいでさらに周りの男子との溝は深まった。1ヶ月に1、2回は学年問わず告られていた。そして俺たちは毎回「振られた報告」を互いにした。

そんな中優也がついに学年で1番可愛いと噂される「さゆりちゃん」を手に入れた。「さゆりちゃん」は小柄で小動物みたいだった。髪の毛は長くて真っ黒で少し天パが入ってふわふわ。色白でまつ毛は長い。「成績も良くて誰にでも優しい」と男女問わずみんなの噂だった。周りの人は優也が相手なんて、と「さゆりちゃん」を心配していたが、当の本人は幸せそうだった。それを見て周りの人も優也への見方を少し変えたらしかった。俺もよく話しかけられるようになったし、優也も目に見えて避けられることはなくなった。

俺は元々物欲は弱い方だった。それもあって幼稚園の時から物の取り合いみたいな形で優也とぶつかったことは無い。たぶんこれからもないと認識していた。だからこそ、優也と俺は凸凹コンビのように性格が合致していた。それに加えて俺は愛想が良い方でもなかったから、優也のせいで友達が消えて「ごめん!」と優也に謝られても特に気にすることもなかった。それこそ俺もきっと思っていたんだ。優也がいるから独りじゃないしいいやって。

だから初めてだった。「妬ましい」そう感じたのは。今まで俺は優也の「ちょーだい」に合わせて、優也以外の友人もいなかったし、元カノには「優也君のお世話係の方がいいんじゃない?」とか言われてきた。それなのに優也は学年1可愛い「さゆりちゃん」ときゃっきゃうふふ?おかしいだろ。優也を妬む周りのやつらの気持ちがわかった気がした。だって自分が欲しかったものをいとも簡単に持っていかれるんだ。そりゃ誰だって妬む。物欲の弱かった俺がついに明確に物欲を感じた。この1つは譲れない。

俺は少しの間優也と「さゆりちゃん」の別れた報告を待ち続けた。「手を離した瞬間俺が取る」そのつもりで、まるで獲物を狙う獣のように待ち続けた。でも高校3年になっても優也は一向に俺に別れた報告をしなかった。それどころか「今日さゆりちゃんと帰る」報告の方が多くなった。ふざけるな。早く離せ。俺はだんだんイラつく気持ちが抑えられなくなっていった。優也に「なんか、素っ気なくない?」と何度か言われるほどには我慢できなくなっていた。あーうぜえ。いいから早く離せよ。

「今日、さゆりちゃんと帰る」
「さゆりちゃんが帰り一緒にスタバ行こって」
「さゆりちゃんと、、、、、」
「さゆりちゃんが、、、、」
「さゆりちゃんに、、、」



俺にも1つだけでいいからちょーだい?







階段に立つ。

背中に手を伸ばす。

手に少し力を入れた。

少しずつ傾く身体。

黒い髪が揺れる。

ばいばい、ごめんね
「さゆりちゃん」







-------------俺に優也の隣、ちょーだい?

『1つだけ』

4/3/2024, 4:56:10 PM