約束のバーは半地下にある。レトロな店内に客は一人。カウンターに腰掛けて、ドリンクを揺らす。よく熟したオレンジのような色っぽいアッパーライトを受けて、きらめいていた。
しっぽり飲むという言葉がある。そうすべき時があるとするなら、自分の場合今なのだろう。けれど、ちっともセンチメンタルになれないのは、しばしば聞こえてくる喧騒にあった。
廊下を挟んで同じフロアにクラブがある。どうやら大掛かりなパーティが開催されてるらしく、これが喧しい。少なくとも三箇所から響いてる音楽。女の絶叫、ざわめき、何かガラスが砕ける音、怒号。極め付けには、サンバやら黒猫に扮した女たちが、しきりに廊下を行き来して──ああ、女見るだけで無理だ、今は。
「遅い」
隣に到着した気配を睨みつけた。すでにグラスは二回からにしていたし、良い加減情緒が迷子になっていた。
「ずいぶんまいってるみたいだし、見逃してあげたいけどねえ。お前はまだ早いだろ」
グラスを取り上げられる。代わりに差し出されたのは、ミルク。かっと何かが込み上げて──途端に虚しく窄んだ。
「あら、マジへこみ」
カマっぽくなった隣の呟きを無視して、ミルクを流し込んだ。酔えない夜は、まだ続く。
今日だけ許して
10/5/2025, 4:18:39 AM