一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・やぁ。

 彼は、いろいろなところに出没する。公園のベンチでのんびり昼寝をしていたり、駐車場を我が物顔で悠然と歩いていたり、水の入っていない側溝を駆け抜けている姿を目撃したこともある。
 彼は野良猫だ。
 猫好きの僕は、彼を見るとつい足を止めてその姿を目で追ってしまう。彼も僕の執拗な視線が気になるのだろう。今まで何度も僕らは睨み合うように見つめ合った。距離を保ったまま、お互いに近づくこともなく。
 彼はサバトラ柄のがっしり体型をしている。アニキっぽいので、密かにアニキと名付けているが、彼に呼びかけたことはない。
 そう言えば、ここ最近アニキを見かけていない。どうしているだろうか?
 そんなことをぼんやりと考えながら散歩していた僕は、突然の大きな音に身をすくみ上がらせた。背後からの車のクラクションだ。
―プップッー!!!
 僕は即座に道路脇にピタッと体を寄せたが、車は来ない。
 振り返って見ると、通り過ぎたところにある駐車場から聞こえてくる。何が車を妨げているのか、クラクションは止まない。
 しばらくして、駐車場から車ではなく、灰色の小さな動物がのんびりと出てきた。クラクションの音にも動じず、あくまでマイペースに歩くその動物は……、
「アニキ」
 呟くような小さな声だったが、アニキは足を止めて僕をじっと見た。彼の背後を駐車場から出た車が走り去ってゆく。
 アニキは悠然と僕に近づき、僕を見上げ「ニャア」と返事をした。

テーマ; 君の名前を呼んだ日

5/27/2025, 5:39:07 AM