ゆかぽんたす

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「さっむーい」
バスを降りて開口一番に彼女が言った。だから家の前までで良かったのに。そう言ったら頬を膨らませて僕を睨みつけてきた。
「なんでそゆこと言うの」
「だって、これで風邪でもひかれちゃ悪いと思って」
「そうじゃないでしょ。見送りに来てくれてありがとう、でしょ?」
「……はい」
「全くもう。も少し感傷に浸りなさいよね。暫く会えなくなるんだから」
そうなんだよね。君のテンションがいつもと変わらないからこれがこのままずっと続くと錯覚してしまう。僕はこれからこの国を旅立つ。それなりに遠い異国へ行ってしまう。つまり、君とは明日にはもう会えなくなる。早起きが得意でない彼女だけど、今日だけは頑張って起きて駅までついて来てくれた。その気持ちが本当にありがたいよ。それを思ったら、なんだか、ようやく寂しい気持ちが溢れ出てくる。
「元気でね。たまには手紙ちょーだいよね」
「うん、分かった」
「あんまりぼーっとしないようにね。隙を見せるとなんかの事件に巻き込まれたりするよ」
「そんな物騒な国じゃないから大丈夫だよ」
「肉ばっかり食べてちゃダメよ。魚も食べなさいよね」
「あはは。何それ、お母さんみたい」
「あのね!本気で言ってんの。あんたの食生活すぐ偏るんだから」
きっと、どちらも会話が途切れるのを恐れてる。少しでも間ができれば次に言うのは別れの言葉だ。それを知っているから、今になってお互いにどうでもいい話をするんだろうな。
けれど時間は無限じゃない。とうとう僕が乗る列車の発車時刻になってしまった。汽笛の音がやたらと心臓に響いた。言わずもがな彼女の顔はさっきまでと打って変わって引き攣っていた。
「見送り、ありがとう。君も体には気をつけてね」
「……うん」
「じゃあ、」
「ダメ」
僕の口を彼女が両手で押さえた。その時には既に、彼女の両目から涙が流れ落ちていた。
「サヨナラは言わないで」
震える手が僕の口をおさえている。僕はその細くて冷え切った手をそっと掴む。彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔で僕を見上げる。ありがとう、優しい君と出会えて本当に良かった。その気持ちを込めてぎゅっと抱き締める。
「その代わりに違う言葉を言うよ」
「……なぁに」
「大好きだよ」
僕のその言葉を聞くと、彼女は声を出して泣いた。人目もはばからず、わんわんと大泣きをした。そして、ずるいよ、と僕に訴えながら抱きついてきた。そうだよね、ずるいよね。こんな、最後の時に言うなんて。でもサヨナラは言わなかったから。僕らまた会える。約束するよ。また君のもとに戻って来るから。その時までのしばしのお別れだ。
君は僕の大切な人。離れても、それは変わらない。
そんな君に、サヨナラの代わりにありがとうと大好きを。

12/4/2023, 9:44:51 AM