「傷口」
ランチの誘いを断って、公園のベンチにひとり。
近くを走っていた小さな子が、転んで泣いている。
「痛いの痛いの飛んでけー。遠くの山まで飛んでけー」
母親がかける、魔法の言葉で泣き止む子供。
今の若いママも使うんだ……なんて思いながら、空を見上げる。
もう声も忘れてしまって、顔もぼんやりとしか覚えていない実の母を思い出す。
新しい母親とは折り合いが悪く、高校卒業と同時に家を出た。まるであの家から逃げるように。
今も、私は逃げている。
あの家からも、今自分が直面していることからも。
傷を治すには、患部の状態をきちんと把握する必要があるのではないか。
そう思うのに、私は傷口を見ることが出来ないでいる。
痛いの痛いの飛んでけ。遠くのお山……は、ここからでは見えない。
────遠くの空へ
4/12/2024, 2:43:54 PM