ノーム

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『夢が醒める前に』 205


「お前は覚えているか?」

安楽椅子に座る老人が投げかけた言葉は、誰もいない部屋の暗闇へと溶けていった。
咥えたパイプから紫煙を燻らせ、目を閉じたままの老人は背もたれへと深く沈む。

十字の木枠に嵌められた窓から覗く風景は、少しの月明かりに照らされた何かのシルエットしか映さない。
頼りない光量の吊り下げ灯と、煉瓦で造られた暖炉の炎が、老人の陰影を色濃くさせる。

「優曇華の花が咲くほどではないが、それでも長い時間が過ぎた。
俺は覚えている。
あぁ……覚えているとも。
忘れるはずがないだろう?」

隙間風が吹く度に、吊り下げ灯がゆらりと揺れる。
キィ キィ キィと音が鳴る。

「俺も歳をとった。
当時は分からなかったことも、今ならある程度理解ができる。
お前には苦労ばかりかけさせた。
俺は何も知らない小僧で、分からないことを免罪符に愚かなことばかりしていた」

隙間風が吹く度に、暖炉の炎がゆらりと揺れる。
パチッ パチッと音が鳴る。

「今さらになって懺悔ができる。
なんの意味も無い行いだ。
みすぼらしい老人の自己満足だ」

老人が安楽椅子に座っている。

「死ぬのは別に怖くない。
お前に会うのが怖いんだ。
お前が俺を忘れていたら……そう考えると震えが止まらなくなる」

咥えたパイプからは紫煙が昇る。

「俺も……歳をとったんだ。
笑いたければ……笑うがいいさ。
お前が笑ってくれるなら……それはそれで……悪くない……」

背もたれへと深く沈んだ老人の目は──

「あぁ……悪くない」

──今も変わらず閉じたままに。

3/21/2024, 7:49:47 AM