「はなのがくえん……」
大事に大事に取っておいた合格通知を、鞄の中から取り出して見る。学校名を読み上げ、目線を前へ。青い空の下で光っている立派な門扉に、輝かんばかりの校舎! 極め付けは至る所に飾られている花々だ。この学校のトレードマークだからである。
笑顔で隣をすれ違ってゆく制服の生徒たちはわたしと同年代だろう。胸躍って、思わず全員に挨拶してしまいそうだ。
改めて、これから三年間を過ごす事になる高校に思いを馳せる。華乃学園。中高一貫のエスカレーター式で、卒業生は皆輝かしい経歴を残しているらしい。ああ。一体わたしはどんな学校生活を送れるのだろう。
「よし、張り切って行こ───」
まずは第一歩。大きく踏み出した瞬間、急にぶつかってきた誰かによりバランスが大きく崩れた。
ドシン! 真新しい制服が地面と擦れる。
ここの制服かわいいのに、なんて事を。内心ムッとしながら相手の顔を見てやろうと頭を上げる。すると、その前に手が差し出された。
「痛かったよね。考え事してて前見てなくて……ごめんね」
あまりにも美しい人だった。咲き誇る花が人としてかたちを変えたらこんな風になるだろう。そう思わされる美貌。朝露に透けた花びらのような肌は羨ましいばかりである。
「あ、だ、大丈夫、です」
「良かったら使って。お名前、聞いてもいい?」
レースで縁取られたハンカチには皺一つない。使うこと自体気が引けてしまいそうなので、丁寧に申し出を辞退する。気遣うようにハンカチをしまい込んだ目の前の人が口を動かすのを、惚けて見守る。
え、もしかしてわたしに話しかけてる? お母さんどうしよう。すごく綺麗な人に、あろうことかお名前を聞かれてしまいました。家で入学式に向かう準備をしているであろう母にテレパシーを送った。たぶん受信できてないだろうな。
「……花」
ようやく答えようと声を出した。緊張して、小さくなってしまったというのに、しっかり聞き取ってくれていたらしい。美しいひとが微笑んだ。
「よろしくね、花さん。僕の名前は、カノ」
僕。え、と思い咄嗟に相手の制服をまじまじ見た。さっきまで顔しか見てなかったから気付かなかったけど、もしかして女の子じゃなくて。男の子なの。
何も知らないカノ、華乃くんとわたしが過ごす楽園生活は、また少し先の話。
4/30/2023, 11:33:03 AM