【星のかけら & 未来への鍵】関連作品
手のひらの宇宙
中3になってすぐの学級活動はクラス目標を決めることだった。
年度初めの4月と言えば、クラスの中で知っている人、知らない人が混在する時期。
タイミング悪く日直だった俺は、クラス目標と学級委員長が決定するまでの司会を頼まれて黒板の前に立っていた。
まだ浮き足だっている時期に、手を挙げて発表してくれる奴なんていないよなぁ。案が何も出んかったらどーすりゃ良いんだ?
最初から諦めモードになりかけたのを打ち破ってくれた救世主は、定期テストの成績が毎回学年1位と噂の星野。小学校は違う、中1中2のクラスも違う、部活や委員会でも一緒になったことはない。だけどその頭の良さや友人の多さ、容姿が整っている星野は校内の有名人だった。
そんな星野が【スーパーノバ】と答えてくれたけど、なんだそれ。
星野が説明するには、星が爆発したときのすげえ明るい光のことで、それをこのクラスの目標になぞらえたらしい。
説明途中からクラスの皆んなの顔がイキイキしだす。
説明後には拍手があがり出して、クラス全員に拍手の輪が広がる。
俺は声を張り上げて他の案はないか聞いた後、一応多数決を取った。取るまでもなく、スーパーノバ改めSUPERNOVA がクラス目標になった。
俺は星野が作ってくれた良い雰囲気のまま、学級委員長の立候補者や推薦を募った。
俺の思惑通り、星野は学級委員長に推薦され決定して、星野へ司会をバトンタッチした。
星野と俺は、なぜか気が合い、すぐに親友になった。
星野は頭が良くて、リーダーシップがあった。
そのことを言うと、「学級委員長だから、ちゃんとしなきゃと思ってるだけ」と笑う。「そうかもな」と俺は笑う。
宇宙が好きな宇宙バカだと思ったきっかけは、俺の志望校の偏差値60の普通の進学校を受験すると聞いたとき。
「北高とか、私立とか、高校は別々になると思ったのに」
「行かないよ。天文部に入りたいから。予備校で勉強すれば一緒かなと思うし」
「そんなもん?」
「そんなもんにするよ」
「稲葉だってさ、東高は行けるんじゃないの?」
「行かないよ。美術部に入りたいから。オープンキャンパスで見た油絵が凄かったじゃん?俺もああいうのを描いてみたいし」
「絵、上手いもんな」
「どうも」
放課後の美術室で、図書館で借りてきた写真集と、文化祭に掲示予定のアクリル絵と向き合う。
テーマはスーパーノバ。
あのクラス目標を決めた日から、実はこのテーマで絵を描きたいと思っていた。
図鑑や雑誌やサイトの写真をいくつも見て、ようやく見つけたお気に入りの写真を再現する。
否、もっと爆発が目立つように、周囲は暗く、星のカケラの1番の明るさは画用紙の白。白以外にも青、赤、橙、黄色。複雑に、明るく輝かせるように。
アクリルガッシュを筆につけて、指先で筆の絵の具を弾くようにキャンバスボードに散らばらせる。
少し離れて全体を見て、もっともっとと絵の具を乗せる。
「できた」
星野に見てもらいたい気持ちを抑えて、文化祭の日を待った。
文化祭実行委員長の星野は、当たり前に文化祭は忙しかった。
朝はオープニングの挨拶と展示教室の見回り、午後からはステージパフォーマンスの責任者としての仕事。
見回りは実行委員同士で行く必要はないからと、俺と回った。
「星野、モテるんだからさあ、俺と一緒じゃなくても。女の子に告られたりしてねーの?」
「好きな子がいればそうしたかもだけど。稲葉の作品を一緒に見たいじゃん。それよか稲葉こそだよ。好きなヤツいねーの?」
「う、ん、まぁなー…」
「歯切れ悪くね?」
「ま、気にすんなって。俺のことは」
背中をバンっと叩く。
既に告ってて、フラれたとは言えていない。その子の好きなヤツは星野で、それは口外しないでと口止めされてるし。
美術室に入ってすぐ、星野は俺の絵に真っ直ぐに向かって行った。文化祭が終わるまでは美術部部長ってことで、部員がいちばん目立つ場所に展示してくれたのもあるけれど。
正面に立ち、無言で見つめている。
星野にどんな評価が下されるのか。審判を待つような気持ちだ。
色遣い、強弱。かなり写真よりもデフォルメして綺麗に仕上げてしまったし。
やっぱり、図鑑や写真集をたくさん持っていて知識も豊富なヤツだから、こんなんはスーパーノバじゃねえって否定されるか?
あまりに長時間目を凝らして見られている気がして、あの、と声をかける。
自信のないちっせぇ声。情けねえ。
「すっげえ綺麗」
星野は俺を見て目を輝かせた。
瞳に俺の絵が映り込んで、光が散らばっているように見えた。
星野の瞳に魅入られる。瞳の中の宇宙に。
星野に急に右手首を握られ、手のひらを上に向けられた。
「な、なに?」
ふわっと柔らかく星野が笑った。
「稲葉の手のひらの宇宙は綺麗だなあと思って」
どういうこと?
意味がわからず、俺は自分の手のひらを見つめて、わかるわけがないとすぐに結論づけた。
「宇宙が描けるなんて羨ましいよ」
「…どうも。って言うか、これ星野にプレゼントのつもりで描いたから、文化祭終わったらあげるよ」
「え、でも、良いのか?」
「うん、星野の誕生日もうすぐだから」
「ありがとう。すげえ嬉しいや」
「うん」
美術室を後にする。
俺はこっそりと自分の手のひらを見つめた。
手のひらの宇宙か。
また描こう。そして星野に見せよう。
美しい宇宙を。
手のひらの宇宙
1/19/2025, 12:51:56 PM