悪役令嬢

Open App

『贈り物の中身』

雪が降り始めた十二月のある日、
孤児院の子どもたちは色とりどりの飾りを手に
ツリーを囲んでいた。

「エリオット、もっと上に星を飾らなきゃ!」

友人のトーマスが踏み台を押さえながら、エリオットに向かって叫ぶ。エリオットは器用に脚立をのぼり、金色の星をツリーの頂に飾りつけた。

「できた!」

子どもたちから歓声があがると、マーガレット院長が温かい笑顔で頷いてくれる。

「みんなよくできました。
さて、サンタさんへのお手紙はもう書いたかしら」

「書いた!」「わたしも!」

口々に答える子どもたち。
ボール、ブリキのおもちゃ、お人形、ふわふわのコート。だがエリオットは、彼の手紙には他の子とは違うことが書かれていた。

『ぼくに挑戦状をください』

彼が欲しかったのは、謎を解く喜び。
それだけだった。

-----

クリスマス当日。
朝の冷たい空気が張り詰める中、子どもたちは
一斉にホールへと駆け込んだ。
中央の、背の高いモミの木の下。そこには今年も、
夢にまで見た「贈り物」の山があった。

一人ひとりの名前が書かれた箱が並んでいる。おのおのが望んだものを手にして喜びの声をあげる中、
エリオットは自分の名前が書かれた箱を手に取った。

開けてみると——中は空っぽだ。

「エリオット、何が入ってたの?」

トーマスが覗き込もうとしたが、
エリオットはさりげなく箱を閉じる。

「うん、いいものだよ」

-----

その日からエリオットの探求が始まった。
空の箱には、きっと何か仕掛けがあるはずだ。

昼休み、夜、みんなが寝静まった後。
窓から差し込む細い月明かりを頼りに、
エリオットは箱を調べ続けた。

指の腹で外側を撫でたり、内側を覗いたり、
重さを測ったり、光にかざしてみたり。

指先の皮が薄くなりかけた頃、
彼はある違和感に気づいた。
箱の底が、わずかに厚い。

爪で慎重に縁をなぞると、かすかな隙間があって、
そこを押すと——カチリと小さな音がして、
底板が外れる。

隠された空間には、
一枚の羊皮紙が入っていた。

『よくできました』

次の瞬間、背後から拍手の音が鳴り響いた。
エリオットは飛び上がり、
箱を抱きしめたまま勢いよく振り返る。

そこに立っていたのは、
月明かりを背負った、背の高い美しい男性。

「おめでとう。箱の仕掛けを解いたんだね」
「ラファエルさん……?」

エリオットは男性に見覚えがあった。
この孤児院の最大の後援者。時折訪れては院長と
話し、子供たちに気前よくお菓子を配り、
一緒に遊んでくれることもある、優しい人。

「サンタの正体は……あなただったんですか?」

「ああ」ラファエルは優雅に頷いた。

「実はね、みんなのプレゼントの箱にも、同じ仕掛け
を施していたんだ。でも、彼らは気づかなかった。
中身に夢中になって、それで満足してしまった」

彼はゆっくりとエリオットに近づき、
視線を合わせるように屈んだ。

「でも君は違う。君は空っぽの箱を見た瞬間、そこに『挑戦状』の答えがあることを知っていた」

ラファエルの瞳が、
月明かりを反射してナイフのように光る。

「僕は君みたいな子を探していたんだ」

彼の言葉には、奇妙な熱がこもっていた。
温厚な笑顔、心地よい声。なのに、エリオットの背筋には言いようのない冷たいものが走った。

-----

それから一週間後、エリオットはラファエルの屋敷に引き取られることになった。

「エリオット、向こうでも元気でね」
「たまには顔を見せに来いよ!」

院長先生や友だちが、
ホールの前でエリオットを見送ってくれる。
みんなが祝福してくれた。身寄りのない孤児が
裕福で優しい方の家に貰われるなんて、
これ以上ない幸運なことだから。

「みんなに別れの挨拶を」

ラファエルがエリオットの肩を抱くと、
彼は小さな声で「ありがとう、さようなら」と
告げた。

黒塗りの馬車が彼らを乗せて走り出す。
窓から見える孤児院が、慣れ親しんだ建物の屋根が、
どんどん小さくなっていく。

「さあ、これから君の新しい人生が始まるよ、
エリオット」

-----

それから、エリオットが孤児院に姿を
見せることは、二度となかったという。

マーガレット院長は時々、あの聡明な少年を
思い出した。手紙も来ない。訪ねても屋敷の門は
閉ざされている。

ただ一つわかっているのは、
毎年クリスマスに、孤児院にはプレゼントと
多額の寄付金が届くということだけ。

差出人の名は、ラファエル・アシュフォード。

添えられたカードには、
美しい筆跡でこう書かれていた。

『エリオットは元気です。彼は私のもとで、
とても幸せに暮らしています』

12/3/2025, 8:00:02 AM