―透明な水―
ふと目を覚ますと路地の突き当たりのような
場所に突っ立っていた
目の前にはガラス製の不思議なポットがあり、
その中の透明な水越しにポットの奥を
見ることができた
でも、そのポットから紫色の煙が
大気に触れてはゆっくり消えていくところを
見ると、ただの飲料水ではないのだろう
そのポットを差し出してきたおばあさんは
歌うようにこう言った、
「これは、飲めば自分のなりたい姿に
生まれ変われる水。
生まれ変わりたいのなら、なりたい容姿や
性格や、細かく頭に思い浮かべて、
ティーカップ1杯分飲むことだ。
お代は要らない。ただしひとつ注意点。
生まれ変わったとしても、
君の存在は遺体としてしっかりと残る。
そして君を知る者には、君が
生まれ変わったことが知らされる。
それと、生まれ変わった先で
今の知人たちと出会えるかどうかは君次第。
出会えても、自分の正体を明かすかどうかも
君次第。君が何を思うかによって、
なんでもできるようになる。
さぁ、君はどうするんだい」
おばあさんはポットから立つ煙と
同じ色の着物を着ていて、顔の上半分には
白い狐の面を被っていた
仮面の下から覗く口は怪しげに微笑んでいる
そうだな…と、私は記憶の中で1番古い傷…
頬のあざをマスク越しに撫でながら考えた
私が死んで新しい姿に生まれ変わったと
聞いたら、親は清々することだろう
それに、この間、人間の臓器を全て売り捌けば
低く見積もっても合計で約2000万円の儲けが
あると聞いた
あくまでも噂だが、もし本当なら
両親は目をランランと輝かせることだろう
あの人たちがいい思いをすることには
納得がいかないが、それも私のためだと思えば
悪くない話だ
ただ、私が今まで触れてきた人の中で、
まともな奴なんて居なかった
敬いたいような人もいないし
憧れるような人もいない
生まれ変わることでこの生き地獄から
抜け出せるにしろ、死んでまであんな風に
なりたいとは思わない
どうしたものか、と私は悩んだ
それから○○日経った
結局、私は――ことにした
あの日の決意と行動により、
今では随分と落ち着いた生活を
送ることができている
私は自分には選択する権利があることを知った
そして選択次第で未来はどうにでも変えられる
ということも知った
そのことに気づかせてくれた
あのおばあさんには感謝しかない
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「皆さんは、――の中に入る事柄が
“あの水を飲む”“あの水を飲まない”の2択では
ないことに気がつきましたでしょうか。
…あの子は“選択することが出来る”
あの子の未来は“どうにでも変えられる”
のです」
5/22/2023, 10:41:38 PM