詩歌 凪

Open App


 神様が舞い降りてきて、こう言った

 わたしは影法師。いつも冷たい目をした少女の後ろをくっついている。いつも無愛想だから、少女はひとりぼっちだけど、本当は優しいんだって知っている。
 わたしは、彼女を絶対に裏切らない。
 けれどある日、わたしは言った。
「このままじゃ、ずうっとひとりぼっちだよ。ずうっとずうっと、おとなになっても」
 なんて残酷なことを言ったのだろう。彼女とずうっとずうっと一緒にいるのがわたしのはずだったのに。
「いいの。だって、わたしには一人でくぐるべき狭き門があるのだもの」
「わたしは影法師、ただの黒い輪郭よ。でもわたしは知っている。あなたは太陽だわ。一人で輝けるのにひとりぼっちで、一人で進めるのに誰も追いついてくれない」
「わたしが太陽なら、あなたは月よ。あなたはわたしの影」
 影は光の後ろにできる。わたしは確かにあなたがいないと存在できないけれど、あなたを世界から隠せるのはわたしだけだ。
 わたしは言う。
「あなたは寂しいわ。寂しくて、とても強い人。けれど、この世は一人で進むには寒すぎる」
 彼女の足音は冷たい。彼女の通る道は暗い。彼女の後ろは悲しいくらいに綺麗。
 影法師のわたしにさえ、彼女の考えていることは分からない。分かっていると思っていたけれど。
 だってあの時、影法師のわたしに微笑みかけてくれたあなたは、まるで神様だった。
「生意気な影法師ね」
 彼女は冷たく吐き捨てた。
「裏切り者」
 そう言ってからは一瞬だった。彼女の掌で鈍い光がきらめいて、そしてわたしのくるぶしから下がすっぱりと切り落とされた。
 彼女は踵を返し、もはや後ろには一瞥もくれずに歩き去る。
 ああ、これでとうとうあなたは一人ぼっちになってしまった。
 あなたの行く道から、闇が消えてしまった。
 影すら切り捨てて、あなたはどこへ行こうとしているの。わたしはあなたにずっと着いて行きたかった。並んではくぐれない狭き門も、後ろからなら一緒にくぐれる。
 けれど、これがあなたの選んだ道ならばそれでいい。わたしはあなたの影だから。
 わたしは彼女の暗いものを、全部知っている。
 彼女が薄闇とさよならできるのなら、わたしはそれでいい。

7/27/2024, 2:55:43 PM