大人になった私は、今日食べたいものを自分で決め、何時に寝るかも自分で決められる。
なのにいつの間にか、カロリーを気にして、翌日の仕事の心配をしながら夜更かしをする毎日だ。
満員電車に揺られ、お局に嫌味を言われ、ノルマが売上が営業力がと詰められる。
その度に私の周りの酸素が、1mlずつ減っていく。
いくら喘いでも苦しいばかり。
そんな生活がいつまで続けられるのか。自分でも分からなかった。
「今日で辞めます」
ポロッと口から出た言葉に、上司と同じくらい自分もビックリした。
ネチネチと、注意なのか愚痴なのか分からない小言を15分も聞かされ続け、今日締切の資料作成がまだ半分残っているのに定時まであと5分。
残業確定の中の無駄話にウンザリしていた時だった。
「え?」
「……え?」
まん丸の目をした上司に、私も同じ返事をした。
あれ、私。今辞めるって言った?
「え?ほんとに?」
上司がポカンと間抜けな顔をする。その顔を見てなんだか無性に腹が立った。
辞めるなんて言い出さないと思ったのか?定時ギリギリに、生産性の無い話を聞かされて。
そして明日には残業したことを怒られる。
しまいには、勤怠を切ってから仕事をするのが常識だなんて言い出す。
フツフツと沸いてきた怒りを抑え、一回深く息を吐き、「はい。辞めます」と無表情で伝える。
上司は慌てて取り繕うような言葉を並べ始めたが、私はそれを無視して私物を全部カバンに放り込み、社員証をデスクに叩きつけ、定時ピッタリに会社を出た。
まだ明るいうちに帰ることが出来るのは久しぶりだった。
初夏の風が爽やかに頬を撫でる。
強ばっていた身体が、その風に吹かれて飛んでいきそうなくらい軽く感じる。
そうだ。私は、何処にでも行けるし、何処で生きても許される。だって、私は大人なんだから。
背中を押す風に身を任せ、地下鉄のホームへ降りて行く。
この電車の終点は空港だ。
着の身着のまま、知らない土地へ美味しいものを食べに行こう。
風のように、自由に。
5/14/2026, 1:25:43 PM