星が溢れる
ダムのそばの広い駐車場に停めた。真夜中にこんなところに来るのは、長距離トラックと不届き者だけだ。
誰かと来たことあるの?年上の彼女が言う。
ない。ひとりでなら何度か。
なにしに?
星を見たり、ダムに飛び込んで死のうと思ったり。
なにそれ。彼女が笑って返す。
実際にそういう人もいたらしい。僕はまだだけど。だからパトロールのルートになってる。たぶん、あと30分くらいでくるよ。
なんで知ってるの?
昔、職質された。
本当に?
本当に。
彼女が声を上げて笑った。
死のうとしてるって思われた?
たぶん。でも天体観測って言ったら、信じてくれた。望遠鏡も持っていったから。
持ってるの?今日は?
ない。
なんで?
忘れた。
彼女が口を尖らせた。
都会じゃ見たことないだろうから見せてやるって偉そうに言ったくせに。寒いのに。
ごめん。
もう。
でも肉眼でも十分見えるよ。ほら、と言って空を指差す。
あれオリオン座。
知ってる。見た。すでに。
じゃあ、その近くのすごく明るいのがシリウス。おおいぬ座の。
予想はできた。すごく光ってるから。
じゃああれ、エリダヌス座。オリオン座の左の辺りから繋がってるやつ。
なにそれ。聞いたことない。
だよね、珍しいよね。川の名前なんだって。だから縦に長いんだ。ただ、端っこは鹿児島とかじゃないと見えないけど。
だめじゃん。
うん。
そもそも、形知らないと、空見てもわかんないよ。
そうだね。ごめん。
しばらく沈黙が続く。
帰る?僕が訊く。
ううん、もう少しいる。彼女が言った。
暫くの間、ふたりとも言葉もなく、ただ空を見ていた。長距離トラックのエンジン音だけが聞こえる。
さすがにもう帰ろう。本当にパトロールくるから。職質面倒くさいし。
やだ。もう少し。
帰ろうよ。また来ればいいし。
えー、帰るの?じゃあ、パトカーきたら、いきなり発車してみて。
やだよ。絶対追いかけられる。
捕まったらちゃんと説明してあげるから。
何をさ。
この人のこと、死なせませんから大丈夫ですって。
どういう顔をしていいかわからなかったが、とりあえず、
わざわざお巡りさんに言わなくていいよ、と言った。たぶん、笑顔で言ったと思う。
3/16/2024, 12:04:42 AM