ゆかぽんたす

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考えてみたら。僕は君の名前も知らないしどこに住んでるのかも分からない。着ている制服から隣の区の女子校だってことは分かった。僕の通ってる高校からはそんなに遠くないけど、そこへ行く用事は到底無いからやっぱりここでしか君とは会えないんだ。
この、朝の通学の電車の中でしか。
いつもと同じ時間の7両目、扉側のところ。いつも君はそこに立って文庫本を読んでいる。僕はそのそばに立って吊り革を持っていた。時折人に押されながらも君は熱心に本を読んでいる。その横顔が綺麗だと思った。多分僕と年齢は大して変わらないだろうに、すごく大人びて見える。横顔からまつ毛とかおくれ毛がそう思わせるのかもしれない。
何でこんなに気になるんだろう。ただ可愛いだけなら、うちのクラスの女子もなかなかの子がいる(そんなこと彼女らの前で口が裂けても言えないけど)。
考えれば考えるほど君のことが気になって仕方がない。毎朝十数分だけでは足りない。本当は話しかけてみたいのに、それもできない。所詮僕にはそんな勇気が無いのだ。だからこうして今日もただ君の横顔を盗み見ることしかできない。これじゃあ変態みたいじゃないか。
そして僕の降りる駅まできてしまった。僕は彼女より後に乗って、彼女より先に降りる。どうにも出来ないのだけど、なんだかやるせなくなる。電車が停まる頃合いに、後ろ髪を引かれる気持ちでドアのほうへ近づく。
「大丈夫?」
「え」
最初は誰が誰に話し掛けたのか分からなかった。控え目な声が僕の耳に届いて、視線を上げたらまさかの彼女の瞳とぶつかった。そしてもう一度、大丈夫?、と言った。どうやらこれは僕に向かって言ったらしい。まさか、と思った。けれど色々驚いている場合じゃない。
「えっ……と、何が」
「顔色が悪いよ」
そうなのか。自分じゃすぐに確かめられないけど彼女の目に映る僕はそう見えるらしい。そう言えば夜中までオンラインゲームに没頭してたせいで昨日の睡眠時間は3時間くらいだった。寝坊して朝ご飯を食べる暇なんてなかった。もしかしたらそのせいなのだろうか。何たる恥ずかしさだ。
「はい、これ」
ドアが開く。その瞬間に右手に何かを握らされた。人が押し寄せ僕は流れに逆らえず電車から吐き出されるように降りた。あっという間に乗降客の群れに呑まれ、ホームでもみくちゃにされる。僕が降りる駅は人の乗り降りが激しいのだ。そうこうしてるうちに、彼女を乗せた電車はベルを鳴らし、ドアが閉まるとさっさと発車してしまった。
「……会話、したんだよな」
僕はまだホームに突っ立っていた。そして、握りしめていた右手をそっと開く。ミルキーの飴が3粒。こんな可愛いことしてくるなんて。どうしてくれるんだ。これじゃあより一層忘れられなくなったじゃないか。僕は君のことを何も知らないというのに。
でもこれで、飴のお礼を言うという立派な口実ができた。明日もあの時間のあの場所に居てくれよ。じゃなきゃ、いつまでたっても君への距離が縮まらない。今日が始まったばかりだと言うのに、明日がもう待ち遠しい。


12/2/2023, 9:01:18 AM