『病室』
怪我で手術をした友人の麻理香を見舞うため、川沿いにある総合病院を訪れた。受付で、骸骨のように痩せた係の女性に言われるまま手続きをして、病棟に入る。静かな病棟からは時々、見舞客と思われる女性や子供の声が聞こえていた。しかし、やはり病人がいる場所なので、全体的に静寂の中に沈んでいる。
病室のドアをノックして中に入った。クリーム色の壁紙が張られた部屋の中、四つ並ぶベッドの最も入口に近い一つに、麻理香がいた。上体を起こしてはいるが、足には包帯が幾重にも巻かれていて痛々しい。
「薫。来てくれたんだね」
私の姿を認め、麻理香は弱々しく微笑んだ。私は、持ってきたリンゴと白桃を手提げから出し、麻理香の前に置いた。
「これ、近くの果物屋であまりにも美味しそうだったから買ってきたの。よかったら食べてね」
肉の加工工場に勤めている麻理香は、実は肉よりも果物の方が好きなのだ。私もそれを知っていたので、お見舞いには果物を持っていこうと決めていた。
案の定、麻理香は目を輝かせた。
「凄い。薫は私のことを本当にわかってくれてるね」
「それはそうだよ。何年友達付き合いしてると思ってるの?」
私の問いには答えず、麻理香はにっこりと笑って白桃にかぶりついた。先ほどまでの弱々しい姿が嘘のようだ。
「美味しい。甘味が濃厚で、とろけそうな感じ。病院食って味が薄いから、こういうものが食べたくて仕方がなかったんだ」
無邪気な笑顔で言い、さらにかぶりつく。こういう現金な所が麻理香の長所だと、私は思う。
カーテンで区切られた隣のベッドから、咳払いが聞こえた。気のせいか、途端に病室の壁の色が少し青褪めたような気がした。
「やばい。隣の人、また怒ってる」
麻理香が慌てて口の中のものを飲み込み、ちらりと奥にあるベッドを窺った。そして声を潜める。
「隣の人、死神なんだって。あまり怒らせるとあの世に連れてくよって、毎日脅されてるんだ」
そういう麻理香は、魔女の資格を持っている。
この世界に住む一部の人間が魔力を持つようになったのは、百年以上前だと言われている。麻理香は、いわゆる善性の魔女で、食べ物を美味しく加工する魔術が得意だった。しかし、魔力を持つ人間全てが善性とは限らない。時には、死神と呼ばれるような恐ろしい力を有する者もいる。
ここは、魔力を持つ人間専用の病院だ。見舞客には私も含め、力を持たない者もいるけれど、病院スタッフや患者たちは皆が魔力を持っている。
声のトーンを落としたまま、麻理香が言った。
「おととい、隣の人と斜め前の人が喧嘩した時もひどかったんだよ。斜め前の人が水の魔術を使って、この部屋を水浸しにしちゃってね。隣の人も怒って、あの世に送る呪文を唱えようとするし。結局は看護師さんが、雷を呼ぶ魔術を使って二人を黙らせて終わり。怖い怖い。みんながもっといいことに魔力を使えたらいいのにね」
同感だ。私は苦笑いして頷いた。
それにしても、魔術を使う者同士で喧嘩とは。ここでの入院生活も何かと大変そうだ。
8/2/2024, 12:11:21 PM