シシー

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 ――慣れって怖い


 この世界にきて一ヶ月ほど経った。
 荒廃して、砂漠化の進んだこの世界は深刻な水不足に悩まされていた。だが水が全くないわけではない。オアシスを買い占めた上流階級が独占しているだけで、それさえなければ生活水には困らない程度にはある、らしい。

 私たちが拠点にしているのは、いわくつきのコンビニだ。いろんな霊がよく登場し、日によっては性別や年齢で入店制限がかかる。それを除けば店主の性格が捻くれていてるのが気にかかるだけで便利な店である。
 噂によれば上流階級の一部と繋がっていて、器量のいいものや才能のある人を上に紹介してくれるらしい。

「なあに、暇そうな顔して」

 相変わらず冴えない子ね、と艶やかな赤髪を靡かせてお姉さんが声をかけてきた。この人こそ噂の信憑性を爆上げしている成功者だ。器量よしスタイルよしお得意のダンスで引きつけて話術で堕とす、魔性の女である。
 私の容姿がお気に入りらしく、化粧と衣装で派手に着飾り人を堕とす話術を仕込まれている。とても勉強になるのでありがたいことだ。

「それはそうと、あの人、またなの」

 チラリと流した視線の先、店主に説教されている私の父がいる。手も服も血塗れにして黙って何かを考え込んだまま説教を聞いている、たぶん。
 最初こそ童顔イケメンと人気はあったが、医者として活動していると変人扱いされるようになった。医療機器や環境が整わないせいで死亡率は高いし、薬も何もないから結局は自然治癒を期待するしかないので、正直医者はいらない。知識だけが取り柄の変人が出来上がっただけだったのだ。

「悪い人じゃないんだけどね」

 宝の持ち腐れね、とお姉さんはため息をつく。





 商品棚にもたれかかった元患者が、消えていく。
 足先から音もなく崩れていって、そこに残ったのは一抱えほどの乾いた砂の山になった。
 人は死んだら骨ではなく、砂を遺す。
 そうやって積み重なった結果がこの世界だ。

 ――死体の上で生きるなんて、悪趣味だな

 

           【題:どうしてこの世界は】

6/9/2025, 11:33:33 PM