シシー

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 トラウマなんて、そんな大層なものじゃないよ

 やりたくもないのに勧められるがまま生徒会に入った。
人前に立ったことも、その重要性も理解しないまま、舞台に上がった。教師が用意した台本通り会を進行するだけの役。そのはずなのに。たったそれだけのことなのに。
 関わったことのない生徒からも向けられる視線が恐ろしい。私のことなんて見ていないのに。分かってるのに。
 滝のように流れる冷や汗は家に帰るまで止まらなかった。

 知らないうちにはじまって、勝手に責任を負わされて終わった。私一人が何度も頭を下げ、待ち伏せされ、怒鳴られ、脅され、謝罪以外は許されない世界に取り残された。
 誰も助けてくれない。弁明も釈明も言い訳や責任転嫁と責められる。何一つ届かない。
 怒鳴り声も、振り上げられた手も、穏やかに見える笑顔も、その全てが嘘であると脳に焼きついて誰のことも信用できなくなった。

 焦っていた。順番を間違えた。先生だってイライラしていた。何でだろうなんて意味なかった。
必要な書類はもらえたけど、同時に自分の存在意義を否定されて失った。最低人間なんだそうだ。志望校に落ちたことで、その報告が遅れたことで、私は人間失格らしい。
 冬の渡り廊下は寒いはずだった。吹きさらしで、柵の代わりにコンクリの塀が少し高めについているだけ。3階は思ったよりも低かった。
乾いた風、乾いた地面、乾いた草木。誰もいない。今ならここから、いっそここから、この位置なら教室にいる生徒が誰か見るだろう。あわよくば、先生のせいだと見せつけてやりたいと。
 死ぬことに救いを見出した、あの穏やかな気持ちを引きずっている。

 蝉の声がうるさいことに気がついた。
熱風が吹きつける駐車場で、車のドアノブに手をかけて目が覚めた。意識がはっきりした。
はやく乗れと不機嫌に吐き捨てる両親が見えた。それで、私は失敗したのだとようやく理解した。
 遠ざかっていく病院に何の感慨もない。だって何一つ覚えていないのだ。救急車で搬送されたことも、入院していたことも、全部思い出せない。
 もう二度と失敗しないよう心に誓った夏だった。


「…どこで、どこから間違ったかな」


 あなたのせいじゃない、と泣きながら優しく慰めてくれる夢をみた。そんなもの存在しないのに忘れられない、忘れたくない。
 一面を白い花で覆い尽くした冷たく、寒い、花畑。
私一人で寝転んでいつかくる終わりを待ち続ける。でもせっかちだから駄目かもしれない。
 思い出したくもない汚らしい過去を清算しよう。
 私を殺したあの人たちに救いは似合わないから、私一人で十分でしょう。そうでしょう。

 理由をくれてありがとう、私の救いの邪魔をしないでね




              【題:あの日の景色】

7/8/2025, 5:00:44 PM