sairo

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手を繋ぐ。
触れた場所から伝わる熱が染み込んで、互いの輪郭を曖昧にさせていく。
暖かく、愛おしい。泣きたくなるほどの優しい思いに触れて、口元が綻んでいく。

「あったかい」
「うん。とっても暖かい……このまま眠ってしまいそう」

くすくす笑い合う。離れないように、どちらからともなく繋いだ手に力を込めた。

「一緒にいようね」
「一緒だよ。ずっと一緒」

顔を寄せて囁き合う。
小指を絡めるように、ずっと一緒の約束を歌うように繰り返した。





楽しそうに笑い合いながら、手を繋いで歩いていく親子の姿が見えた。
思わず目を逸らす。誰とも繋がれていない自分の手が視界に入り、無意識に唇を噛み締めた。
何度も繰り返し見る夢を思い出す。
誰かと手を繋いでいる夢。寂しさや悲しみを包み込んで、溶かしてくれるようなぬくもりを感じていた幼い頃の記憶。
けれどその誰かの姿を覚えてはいない。夢から覚めた瞬間に、誰かの輪郭が解けて消えていってしまう。
本当に自分の記憶なのか、それとも作り出した幻を記憶だと思い込んでいるだけなのか。

「ずっと、一緒」

手を握りしめる。呟く言葉はまるで呪いのようで、渇いた笑いが込み上げた。
所詮はただの夢。たとえ本当に幼い頃の記憶だとしても、手を繋いでいた誰かは今ここにはいない。
結局は一人が寂しいだけだ。暗い家を思い浮かべながら小さく息を吐き、歩き出した。





手を繋ぐ。
ただそれだけで、幸せに笑みが浮かぶ。
温もりが広がって、段々と意識が微睡んでいく。ふふ、と小さく笑い声を上げながら、手を繋いだまま擦り寄った。

「甘えたさん」

困ったな、と言いながらも、優しく頭を撫でてくれる。髪を梳く手つきすら心地よい。

「ねぇ、一緒にいてくれる?」
「一緒にいるよ。ずっと一緒」

視線を交わし、笑い合う。繋いだ手をきゅっと握れば、同じように握り返してくれるのが嬉しい。
暖かくて優しい、とても大切な人。側にいられるこの瞬間が何よりも幸せなのだと、穏やかな気持ちで目を閉じた。





かたかたと、風が窓を揺らす音で目が覚めた。
辺りは暗く、朝はまだ来ないのだと告げている。起き上がる気力もなく、嘆息して目を閉じた。
何も見えない暗闇で、聞こえるのは風の音。唸りをあげ外で暴れまわり、窓を叩きつけるような勢いで揺らしている。窓が割れるのではという不安が込み上げ、頭まで布団を被り小さく丸まりながら必死で目を瞑る。
一人きり。怖くても泣きたくても、側には誰もいてくれない。
唇を噛み締める。風の音から逃げ出すように耳を塞ぎ、さらに強く目を瞑った。

ふと、塞いだ耳の奥で、風とは違う何かを聞いた気がした。
手を離しかけ、けれども確かめることも恐ろしくなり、慌てて耳を塞ぎなおす。
ベッドが軋む。誰かの存在を感じて、ぎくりと体が強張った。
家には自分以外に誰もいないはずだ。それなのに今、誰かがベッドの端に座っている気配がする。
かたかたと、体が震えだす。確かめる勇気はない。
どうすればいいのか分からず硬直していれば、布団越しに誰かにそっと頭を撫でられた。

「――っ」

息を呑む。安心させるような、宥めるようなその手つきを知っていた。
戸惑い迷いながら、そっと片手だけ耳から離す。布団の中で彷徨う手を、入り込んできた誰かの手がそっと繋いだ。
暖かい。触れた部分からじわりと温もりが伝わって、恐怖や孤独が消えてなくなっていく。

「大丈夫」

穏やかな声が聞こえた。決して大きくはないはずなのに、風の音に搔き消されることなくはっきりと聞こえている声。その優しい響きに、いっそ泣き叫んでしまいたい衝動に駆られ、閉じた瞼の裏側でじわりと涙が滲み出した。

「もう怖くないよ。大丈夫」
「怖くはないけど、寂しいよ」

大丈夫だと囁く声に、寂しいのだと訴える。目を開けそろりと布団から顔を出せば、寄り添う誰かの影が、静かに笑っていた。

「寂しいの?」

問われて頷いた。顔が見たくて、手を繋いだまま起き上がる。
近くで見ても、辺りが暗いためかよく見えない。眉を寄せ顔を近づければ、くすくすと楽しそうな笑い声が響く。

「変な顔」
「だって見えないから」
「見たいの?」

小首を傾げ、繋いだ手を軽く揺すられる。揺れる手の動きに気を取られ、顔が見たいという気持ちが凪いでいく。
代わりに込み上げてきたのは、この手を離される時の悲しみ。また一人になる寂しさに、繋ぐ力が籠る。

「一緒だって、約束したのに」

噛み締めるように呟けば、揺れる手が止まり引き寄せられた。ぬくもりに包まれながら、優しく頭を撫でられる。

「一緒だよ。ずっと一緒」
「嘘つき。今まで何処にもいなかった」

囁く声に眉が寄る。言い返せば、撫でる手がさらに優しくなった。

「ここにいるよ。ちゃんといる」

優しさとぬくもり、柔らかな囁きに、次第に意識が微睡み始める。
風の音はもう気にならない。けれどぬくもりが離れていってしまうかもしれないことが、怖くて寂しい。
縋りつくように服を掴む。瞼が重くなり意識が沈んでいくのを、穏やかに見守る誰かの微笑みを感じていた。





次に目が覚めた時、側には誰の姿もなかった。
夢だったのだろうか。小さく溜息を吐きながら、起き上がる。
目覚めた瞬間から解けていく夢の内容を感じながら、いつものように身支度を整えていく。

いつもと違うことに気づいたのは、朝食を取るためにリビングに向かった時だった。
ふわりと甘い匂いが鼻腔を擽る。それに眉を寄せながら、ゆっくりとリビングの扉に手をかけた。

「おはよう。ちょうどよかった。ご飯できたよ」
「え……?」

扉を開けば、リビングには朝食の準備をしている女性がいた。パンケーキの乗った皿を手に、こちらを見て微笑む。
知らない女性だ。記憶にはないはずだというのに、ここにいることが当たり前のように感じてしまう。

「どうしたの?調子でも悪い?」

入口で立ち尽くす自分を心配して、皿を置いた女性が近づいてくる。額に手を当てられ、小さく肩が跳ねた。
暖かい。触れた部分から、ぬくもりが広がっていく。

「熱はないみたいだけど。夜中に起きちゃったから、寝不足なのかな」

額から離れた手が、頭を撫でる。その優しい手つきに、無意識に擦り寄っていた。

「お姉ちゃん」
「どうしたの?」

浮かぶ言葉を口にすれば、首を傾げて微笑まれる。
思い出した。何故忘れていたのだろう。
夢のせいだろうか。ぬくもりを宿した記憶が、頭の中でぐるぐると回っている。

「眠い。でもお腹すいた」
「じゃあ、食べられるだけ食べてから寝なさい。ほら、連れて行ってあげるから」

手を繋がれる。そのぬくもりを、目を細めて受け入れた。
夢と現実の堺がはっきりと別れていく。夢の中の一人だった記憶が薄れ、現実の姉と二人の記憶が輪郭を明瞭にし始める。
手を引かれて椅子に座りながら、おかしな夢を見たと一人笑った。

「どうしたの?急に笑って」
「変な夢を見た気がする。それもとっても長い夢」

忘れてしまったけれど。そう付け足せば、姉は楽しそうに笑った。

いつもと変わらない朝。優しい姉と二人きり。
夜のあの激しかった風も止んで、とても静かだ。
姉の声と、自分の声。それ以外には何も聞こえない。

「お姉ちゃん」

そっと手を伸ばす。その手を繋いで、姉は穏やかに微笑んだ。

「ずっと一緒?」
「そうだね。ずっと一緒」

繋いだ手から伝わるぬくもりが、全身に広がっていく。境界を溶かして、互いの輪郭を曖昧にしていく。
そんな錯覚を覚えながら、ただ笑う。

悲しみも寂しさもなくなって、幸せだと呟いた。



20251210 『ぬくもりの記憶』

12/11/2025, 8:23:55 AM